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更新日:2008年8月7日(木)
ぶらりしゃらり

第124回 わがなきあとに野も山も



轡田隆史 エッセイスト



題字:筆者
写真:石井一弘(真夏の夜の夢)


 新記録ずくめの暑さに日本中がうだっているのを見ると、あのサミットのときのもてなしに、「暑さ体験ツアー」でも組んだらよかったのにと思ったりする。
 なかでもブッシュ大統領は地球温暖化問題の深刻さを、このごにおよんでも、なおよく理解していないようだから、40度近くにもなる炎熱の日本の夏の道を歩いてもらえばよかった。そうすれば、地球の将来について、チョッピリは考えることもできたろうに、ザンネンなことをした。

 ただし、ぼく自身はといえば、いまを去ること50年ほど昔の高校、大学時代、夏ともなればサッカーの合宿で炎天下を走り回っていたせいかしら、いまだ夏ヤセというものを知らない。
 そのころのトレーニングというやつはきわめて乱暴であった。高校、大学とも1、2週間の合宿は、毎日、午前2時間、午後3時間の練習だった。午前10時から2時間の方の暑さは、まあまあだったけれど、8月の午後2時からの練習は、凄かった。日陰ひとつない、乾ききってコンクリートのように固まった運動場は、真上から照りつける灼熱の太陽と地面の照り返しで、目まいのするような白熱状態だった。

 吹き出る汗は、すぐに乾いて塩になる。白シャツならともかく、紺や黒のシャツは塩で白くなって、全身まるで安物の「塩鮭」である。口のまわりも塩で、ひどくしょっぱい。とうぜんのことながら口はカラカラで声も出ないほど。
 ところが、水を飲むのは、10分間の休みのときをのぞいて厳禁なのである。「飲むと疲労する」「根性が育たない」というのであった。まあよくぞ熱中症や日射病にならなかったものよと、いまさらながらカンシンする。

 高校、大学で計8回の夏合宿を経験したけれど(大学は5年いました!)、暑さで倒れたのを見たことはない。ひどくヘバッタが、まあ何とか切り抜けて、夜ともなればフトンムシで大乱闘をしていた。だれかひとりに目星をつけて、突然襲いかかって、犠牲者の上にフトンを積み上げて、みんながその山の上に乗っかって、足踏みしながら校歌を合唱するのである。
 ぼくもいちど犠牲になった。ともかく必死にもがいて、下向きにうずくまるのだ。仰向けにされ、上をむいたままで布団で蒸されたら、それこそ窒息ものである。特に1年生のときは、その洗礼を受けなければ一人前ではなかった。いわば「通過儀礼」だったのである。

 もしもいま、水抜きの昼の練習やフトンムシをやったら、どうなるだろうか? 倒れるのが出て騒ぎになるに違いない。昔の少年は、強かったのだろうか。いまの少年は弱くなったのだろうか。高校の合宿では、母親たちが作ってくれたカレーライスが最高のご馳走だった。あとはコッペパンにジャムやマーガリンをぬりたくり、脱脂粉乳を飲んでいた。メタボどころか、腹の出ようがなかったのだ。
 そんな話をすると、いまさらそんな昔話をしたって仕方ない、時代がかわったんだから、と白い目で見られるのがオチだ。だから、以上、ここに記したことは記さなかったことにするけれど、ともかく不思議なのである。この変化を「カガク的」に解明してもらいたいものである。

 ひょっとするとブッシュ大統領も、少年時代にぼくのような体験をして鍛えられて、夏ヤセ知らずなのかもしれないぞ。だから地球温暖化なんてピンとこないのか?

 それとも、もうすぐ引退だから、あとは野となれ山となれ、なのか? あとは野となれ、をフランスふうにいうなら、「わが亡きあとに洪水よ来たれ」ということになるだろう。これ、ルイ15世の言葉らしい。要するに、あとは知ったことか、だ。
 アメリカもどこもかしこも、はや洪水だらけなのに。




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