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更新日:2008年7月16日(水)
ぶらりしゃらり

第123回 「おしゃべり」洪水の時代



轡田隆史 エッセイスト



題字:筆者
写真:石井一弘(他の施設で間借りする図書コーナー。夕張市若菜にて)


 朝食をとりながらきいていたNHKラジオのニュースで、夕張の話をしていた。財政破綻のため図書館が閉鎖されているらしい。ぼく自身、埼玉県さいたま市の図書館活動をお手伝いしているせいもあって、オヤと思った。

 夕張では、ある絵本作家が子どもたちのために本の朗読をしたりして、いろいろな努力しているという。市の皆さん、大変な苦労、努力をして、財政の再建に励んでおられるのだから、ぼくごときヨソ者がトヤカク言う資格はないのだから、以下は、ただの一般論、あるいはまったくのキレイゴトとして読んでくださればありがたい。

 どんなに暮らしが苦しくなっても、本だけは読む、というようにはいかないものかしら。たとえ財政が破綻しても、図書館(あるいは図書室、せめて書棚)だけは、石にかじりついても存続するというように発想は展開しないものだろうか?

 ぼく自身をふくめて、現代を生きるわれわれは、ひどくおしゃべりになっている。自分がときに出ているのだから、大きなことは言えないのだけれど、テレビのおしゃべりなんぞは、それこそ、のべつまくなしである。ずいぶんといろいろのことを論じているように聞こえるが、じつはその話し言葉のほとんどは「反射運動」にすぎないのではなかろうか。

 テレビでコメントを語りおわった瞬間、いつでも一種の「徒労感」におちこみ、結局は何も語らなかったに等しい、という想いにとらわれるのも、「反射運動」を競ってみたにすぎないせいかもしれない。

 西洋古典学(ラテンおよびギリシャ文学)の柳沼重剛さんの『語学者の散歩道』(岩波現代文庫)を読んでいたら、こんなくだりがあった。
 「話し言葉がきちんと整理されていない言葉、場合によってははなはだ乱雑でさえあるのに対して、それにきちんと筋道をつけ、ということは別の言い方をすれば、乱雑になりがちな話し言葉を知性によってすみずみまで統御したのが書き言葉である。それゆえ、人が思想をもち得るのも書き言葉によって文を書くことによってであり、またそれ以外の手段では思想をもつことはできない」

 もちろん、ベートーヴェンの音楽は、あるいはマンガは、さらに、優れた職人仕事などは、それぞれ思想を表すことができるか、という問題がある。柳沼さんは、それについて、こういうものが表現できるのは言わば思想の因子、あるいは想念であって、思想そのものではない、と言う。

 このすぐれた文章はさらに、いわゆる「Eメール」の「おしゃべり」モンダイにも広がってゆく。申し訳ないけれど、そこから先は本を読んでいただくこととして、ここでは、「書き言葉」の集合体である本、本の集合体である図書館、書棚モンダイへと話題を戻すこととしたい。「書き言葉」とは、自分が使う言葉を、知性によって整理統合した文章を読むことであり、その作業を通して、自分の使う言葉をも整理統合することだろう。

 つまり、ただの「おしゃべり」よりは「書く」ことの方が大切である。ただし、だれもが「書く」というわけにはいかないだろうから、書かないのなら、せめて「読む」という姿勢を大切にしたい、ということになるだろう。
 
 ここで、ちょいと飛躍するなら、「書く」あるいは「読む」姿勢を忘れない生き方を持続していれば、さらに、どんなことがあっても、図書館(書棚)だけは残す、というような「思想」があれば、たとえば政治や行政の失敗は、かなりの確率で防げるのではないかしら。「思考」が、知性によって整理統合されているはずだからである。

 いきなり私事になって恐縮だけれど、あの戦争の末期、亡父は狭い庭に防空壕をふたつ掘った。わずかな木材を用いたので、屋根がついたのはひとつだけ。亡父は屋根つきの方に、『漱石全集』などの愛書をしまい、ぼくたち人間は、空襲のたびに、屋根のない、ただの穴に入って、「鬼畜アメリカ空軍」の大型爆撃機B29の、輝く機影を見上げていたのだった。すごく滑稽だったけれど。




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