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更新日:2008年7月16日(水)
ブラキストン線

第157回 書物について(粕谷一希・評論家)



「根っとワーク」カット:松井茂樹
ミネルバのふくろう? 

 『書物について―その形而下学と形而上学』という書物が、2001年に岩波書店から出版されている。私の旧友清水徹の書いたものである。
 彼はこれまでヴァレリーやビストールの翻訳家として知られているが、後世、『書物について』一冊がひとびとに記憶されるかもしれない。

 文学・活字文化と共にあった人類文化は、IT革命の出現で、俄然、その存立が問われ出している。雑誌などは費用がかかるからと印刷を取りやめて(本誌もそのひとつ)、インターネットによる電子ブックに切りかえる例が多い。

 ただ、活字世代のわれわれから考えると、雑誌を手にしての感覚と、電子ブックを検索によって取り出すのとは、基本的にちがう。いつかは電子ブックに変わるとしても、それまでには幾つかの段階を経なければなるまい。その移行をあまり簡単に考えると、あとで取り返しのつかないことにならないか。

 清水徹の書物は、書物を手にするときの微妙な感覚に始まり、書物の精神性と身体性について巧みに語りかけ、書物の社会文明史―生産と流通と消費の過程すべてを含むーを視野に入れている。書物に関する日本と欧州の文献をよく読みこなし、問題の核心を掴まえている。

 IT革命による出版状況の根本的変化が進行する最中に、こうした書物が出現したことは、暗示的であり象徴的である。

 ともかく、現代人はこの大きな文明史的転換を、静かに受けとめ、何が起こりつつあるのか。読書人、知識人、文明人は、今後、どのような知的営み、生活の仕方を求められるのかを、考え抜く必要がある。

 今日、個人の書斎も書庫も満杯でこれ以上書物の保管は不可能である。また市民の書物の公共的活用のためにあった図書館も、選書も蔵書も根本的工夫・改革を迫られている。図書館は貸本屋でも倉庫でもない。何を選ぶのか。どのように分類・保管するのか。何を捨てるのか。図書館員(ライブラリアン)の本来の役割は何なのか。身近で自明のことが曖昧になり意味不明になってきた。

インスパイアの火花をどうする 

 われわれ出版人は、書物の生産の現場にあって、生産の瞬間に立ち会ってきた。そこでは、著作家と編集者の共同作業が、問いと応えの対話が−そして、書物(雑誌を含めて)の構成についての工夫が、それこそ“血と汗”の結晶としてつくり出されてきた。

 図書館は取次・書店と共に、出版流通と消費の現場である。その現場の人々が、出版の現場との対話と交流があまりに少なすぎる。相互の了解がないまま、相互の疲労がたまり、構造が崩壊してゆく。

 基本にあるのは書物への愛であり、書物を介しての他者(友人・師)の発見であり、その相互のインスパイアである。書物は人間の時間的空間的制約を越える。人間は書物を介して、歴史の彼方、地球の裏側と自由に対話してきた。
 
 この精神の自由自在の在りようは、テレビとITによって、完全に代替できるものなのか。識者の教えを乞いたい。









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