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更新日:2008年7月16日(水)
北国生活、それぞれの科学

第68回 メタボリックシンドロームの起源は母親のお腹の中



佐田文宏 北海道立衛生研究所 感染症センター生物科学部長

 今年の4月から特定健診・保健指導の制度が導入され、メタボリックシンドロームは、医療関係者だけでなく一般の人々においても「メタボ」の略称で、広く認知され、注目を集めています。

 従来、高血圧、高脂血症、糖尿病などの生活習慣病は、病因が異なる別々の病気と考えられていましたが、実際は、それぞれが独立した別の病気ではなく、肥満、特に内臓に脂肪が蓄積した肥満(内臓脂肪型肥満)が原因であることがわかってきて、メタボリックシンドロームと呼ばれるようになりました。診断基準は以下に示す通りです。

メタボリックシンドロームの診断基準

[必須項目]内臓脂肪蓄積
      ウエスト周囲径 男性 ≧85cm  女性 ≧90cm  
(内臓脂肪面積 男女とも ≧100cmに相当) 
             +
[選択項目]以下の(1)〜(3)の項目のうち2項目以上
(1)高トリグリセリド血症 ≧150mg/dL
     かつ/または 
  低HDLコレステロール血症<40mg/dL
(2)収縮期(最大)血圧 ≧130mmHg
     かつ/または 
  拡張期(最小)血圧 ≧ 85mmHg
(3)空腹時血糖 ≧110mg/dL
・CTスキャンなどで内臓脂肪量測定を行うことが望ましい。
・ウエスト周囲径は立ったまま、軽く息をはいた状態でへそまわりを測定する。
・高トリグリセリド血症、低HDLコレステロール血症、高血圧、糖尿病に対する薬剤治療を受けている場合は、それぞれの項目に該当させる。

 この診断基準に関しては、異論も多いのですが、特に、今回導入されるウエスト周囲径の数値に関しては、妥当性を疑問視する意見が関連学会などから出されています。今後、特定健診のデータが積み重ねられ、数値の見直しが検討されるかもしれません。
 健康診査でメタボリックシンドローム、あるいはその予備軍とされた人に対して、保健指導の実施が義務付けられ、7年後には、25%減少させることを政策目標として掲げられています。この制度は、40歳以上の人々を対象としています。
 さて、そもそもこのようなメタボリックシンドロームの起源は、胎児期の母親のお腹の中の環境にあるとする説が提唱されています。

メタボリックシンドロームの胎児起源説

 今から約15年前に、英国のサザンプトン総合病院の環境疫学部門の研究者バーカーらは、欧米の地域住民の調査から、低出生体重など出生時に身体サイズが小さく生まれた人は、成人になると循環器疾患や2型糖尿病になる割合が高いことを発見しました。胎児期の母親のお腹の中が低栄養の環境の場合、胎児は栄養摂取不足になるので、出生時には小さく生まれます。
 また、胎児期には、母親のお腹の中の環境が出生後の環境であると想定して、生涯のホルモンの分泌調整のプログラムが実行されます。そのため、胎児期に低栄養の環境に育つと、少ない栄養でも成長できるよう倹約型のホルモン分泌調整のプログラムが実行されます。
 また、胎児期に適度な栄養状態に育った場合は、標準型のホルモンの分泌調整のプログラムが、栄養豊富な環境に育つと、消費型のホルモン分泌調整のプログラムが実行されます。
 
 倹約型の場合、出生後にもこのような低栄養に似た環境、即ち、従来の日本人特有のライフスタイルである質素な食生活と生活活動強度が比較的高いレベルの環境であれば、うまく適応できるのですが、食生活の欧米化に伴う栄養過多、運動不足の環境だとうまく適応できず、肥満に陥りやすくなります。一方、標準型、消費型の人は、このような環境でもある程度適応でき、肥満になる割合は少ないと考えられています。

 このように、メタボリックシンドロームなどの生活習慣病のなりやすさは、胎児期環境に依存するとする仮説は“胎児起源説”(バーカー仮説)と名付けられ、提唱されています。その後、多くの地域住民を対象とした疫学研究、培養細胞を用いた実験研究などによって支持され、現在でも、世界的に注目を集めています。

胎児・小児の有害物に対する脆弱性

 胎児期の環境に関しては、別の観点からも注目されています。胎児や小児は、通常成人では全く問題にならない低濃度の有害物質に対するばく露に対しても、何らかの健康影響があらわれることがあることが知られています。

 このような、胎児、小児の有害物に対する脆弱性のため、特に、成長・発達への悪影響が懸念され、1997年、主要8ヵ国環境相会議で、「マイアミ宣言」が採択されました。この宣言は、子どもの環境保健を最優先事項として、環境研究、リスク評価、基準の設定等を実施することを定めたものです。これ以降、主要国では、子どもの環境保健を最優先課題として取り組んでいます。しかし、環境中に存在するおびただしい種類の化学物質の中から、子どもに対して有害作用を示す物質をみつけ出し、予防することは決して容易なことではありません。

 子どもが生まれる前から成人に達するまでの子どもの健康状態を追跡し、胎児期および出生後の環境的な要因、子どもや親の持つ遺伝的な要因との関連を明らかにするような研究(“出生コホート研究”と呼ばれます)は、このようなことを明らかにする最も有効な研究の一つと考えられています。欧米では、このような出生コホート研究が盛んで、特定の地域に限定される小規模な研究から国家的事業として行われている10万人規模の大規模研究まで数十の研究が行われています。

 特に、ノルウェーやデンマークでは、既に数年前から国を挙げて10万人規模の出生コホート研究を実施しています。米国でも、数年間の準備期間を経て、最近、全米10万人の大規模な“全国子ども研究”を開始したところです。

 わが国においても、環境省が主導になり、全国6万人規模の“小児環境保健疫学調査”を計画しています。北海道では、この調査に先駆けて数年前より、“環境と子どもの健康に関する北海道スタディ”を実施しています。ダイオキシン類、有機フッ素系化合物などの環境化学物質、母親の喫煙、飲酒、葉酸摂取、母親や子どもの遺伝的な素因などに着目して、子どもの成長や神経発達との関連を検討しています。

妊婦の喫煙と低出生体重・その後の肥満

 妊娠中に母親が喫煙すると、生まれてくる子どもの身体サイズが小さくなることは、古くから知られ、北海道スタディでも同様の結果が得られました。これは、母親が妊娠中に喫煙することにより、胎盤の血液が低酸素状態になり、胎児に酸素や栄養物を十分に供給できなくなることが原因と考えられています。そのため、生まれてくる子どもは低出生体重になる割合が高くなり、“胎児起源説”に従えば、胎児期に倹約型のホルモン分泌調整のプログラムが実行されます。生まれてきた児は、出生後には、母親の母乳やミルクを自由に摂取できるようになりますが、倹約型であるため、過剰な栄養摂取を十分消化できず、肥満になりやすくなります。
 
 このような倹約型の体質は、成人になっても継続するので、小児期〜青年期には適度に栄養をコントロールできて肥満にならずに済んだ場合でも、成人期、特に40歳以降になって、飽食や運動不足が重なるとメタボリックシンドロームに陥りやすくなります。このように、バーカーらの提唱した“胎児起源説”は非常にもっともらしい仮説のように思えます。

おわりに

 “胎児起源説”を実際に証明するためには、ヒトの生まれる前から死ぬまでの一生涯を追跡するような研究方法(ライフコースアプローチ)が必要です。しかし、現実的には、一人の研究者が活動できる比較的短い期間に、これらを完全に証明することは困難で、何世代もの研究者が研究を引継ぐ必要があります。

 出生コホート研究と多世代の成人のコホート研究を、共通の要因について比較検討することができれば、ライフコースアプローチに近い方法を取ることができます。

 今後、そのような取組みによって、胎児起源説を直接的に明らかにできるかもしれません。そうなると、メタボリックシンドロームの予防のためには、40歳以上の人への保健指導と同じくらい、妊婦に対する禁煙指導や栄養指導が重視され、メタボ予防は胎教からということになるかもしれません。

プロフィール:さたふみひろ。滋賀県大津市出身。1986年京都大学医学部卒業。地域ベースの疫学研究、遺伝環境交互作用の研究に従事。博士(医学)。北海道大学大学院医学研究科公衆衛生学分野准教授などを経て、2008年4月より北海道立衛生研究所感染症センター生物科学部長。









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