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更新日:2008年6月12日(木)
ブラキストン線

第156回 殺されてゆく才能(粕谷一希・評論家)



「雷神」カット:松井茂樹
組織の賞味期限

 またひとり会社を辞めたと告げにX君がわが家にやってきた。まだ定年ははるか先のことである。私が48歳で会社を辞めた前科者だけに、話がしやすいのかもしれない。

 私はいまの日本はさまざまな分野で能力が劣化していっていると考えている。明治維新以降の近代日本が、第二次世界大戦で破局を迎えるまで78年、戦後日本がすでに63年、そろそろ組織の賞味期限が終わりに近づいているのかもしれない。私は日本人の素質が劣っているとは毛頭思わない。しかし、人間と制度や組織の間にズレが生じ、ある段階になると、人間の能力を抹殺してしまう。

 官庁でも民間企業でもメディアでも、制度疲労が見立ち、視界が利かなくなっている。同僚同士、上司と下司の間の相互理解が極端に難しくなっている。これでは仕事はできない。次々に責任をとらされて誰かが脱落してゆくことになる。それぞれの才能が、十分発揮されず、開花しないまま終わってしまうことは、本人のためだけでなく、社会や日本のために惜しいことだと思う。

文明の転換期に

 先日、大学教授のHさんと隣り合わせ、最近の学生気質を伺うと、Hさんは「学生たちに情報処理と考察はちがう。君たちのやっていることは情報処理にすぎない」と繰り返し、話すのだが、なかなか理解されない、という。

 今日の社会摩擦は、コンピューター革命、いわゆるIT革命の進行によって、活字メディア、活字文化の全体が揺らいでいることだ。この文明転換は維新革命や第二次世界大戦よりも深く広いかもしれない。そのために政党・官僚・企業・自治体・司法制度など、すべての組織が、相互理解の安定した手法を見失ってしまっていることだ。その中で職責を賭けた争いが行われるわけで、世代間ギャップは大きい。
 
 もちろん、ある組織の中で殺されても、そこを辞めて新しい道が発見できれば、人間は蘇る。若い世代はいまや誰も終身雇用制や年功序列制を信じてはいない。われわれの眼から見れば、バブル崩壊後の日本は明らかに貧しくなり悪くなったように見える。しかし、若い世代から見れば、新しい可能性が見えているのかもしれない。その可能性が単なる幻想でないことを祈るしかない。

 しかし、IT革命によって出現した電子ブックは、本当にこれまでの書物を代替できるものなのか、生涯、書物によって生きてきた私などにはどうもそうは思えない。書物という形には独特の愛情とインスピレーションが存在し、装丁や造本にも深いメッセージが含まれている。書物の総体は簡単に数量化できるものではない。

 ともかく、今日、雑誌・新聞・書籍の果たしている機能と役割が安定した形になるまでには、数世代、一世紀の時間がかかることだろう。それを私たちは見ることはできないが、後世代に伝承することはできる。そうした聡明な少数者が、世代を超えて存在することを信じて疑わない。イメージだけでなく理念をもった存在としての人間が、歴史を動かしていってもらいたい。









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