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更新日:2008年6月12日(木)
ぶらりしゃらり

第122回 開拓の香り 薪の火の燗酒



轡田隆史 エッセイスト



題字:筆者
写真:石井一弘(札幌市南区中の沢に見つけた薪)


 北海道の旅から戻った友人に土産をもらった。北海道銘菓「三方六」という名前がついていた。「さんぽうろく」と読むのである。

 みなさんすでにご存知の銘菓かもしれないが、念のために説明しておく。いわゆるバームクーヘンなのだが、輪切りではなく、縦に四つに断ち切った形をしている。
 どこかで見たような姿だなあ、と思いながら説明書を読んだら、なるほど、薪に似ているのである。北海道開拓時代に、開墾のための伐採が各地で盛んにおこなわれた。まっすぐな木は建築に用い、そうでない木は薪にして、厳しい冬の燃料とした。

 材木を縦十文字に割ると4つに割れる。そのひとつの、ほぼ三角形に近い薪の断面のサイズが、三方それぞれ六寸(約18センチ)ほどになった。つまり三方六寸だから「三方六」というわけで、これが薪の呼称になったという。
 薪の姿によく似たバームクーヘン「三方六」は、なかなか凝った作りで、ホワイトチョコレートとミルクチョコレートをかけて、白樺の木肌のように装い、断面はこの菓子独特の、年輪そっくりなのである。

 とても上品な甘さで、大いに旨い。それに、ネーミングが素敵である。北海道開拓100年の、歴史の味がする。ゆっくり賞味していると、ぼくのこころの奥に、懐かしくも、ストーブで薪のはじける音と匂いが、よみがえってきたのである。

 昭和34(1959)年4月、ぼくは新聞記者として盛岡支局に赴任した。支局は木造2階建てで、1階の木の床の真ん中にはダルマ・ストーブがデンとすえられていた。裏庭の壁際には地べたから軒先まで、丸太のままの薪が積み上げられていた。
 初夏というのに薪とストーブを話題にするのは、季節外れもいいところだが、北海道銘菓の味を忘れないうちに書いておきたいので、まあカンベンしてください。

 盛岡の冬も早かった。紅葉がはじまり、八百屋の店先がキノコだらけになると、「薪切り屋」というのが回って来た。リアカーに機械ノコを積んだおじさんである。リアカーだなんていっても、若い人にはわからないだろうが、自転車で引く二輪車のこと。昔はそれが荷物運びの主役だったのである。
 「薪切り屋」は、まだ丸太のままの軒下の薪を運び出して、縦十文字に断ち切ってくれるのである。2、3時間もすると、軒下の丸太は、ことごとく「三方六」のバームクーヘンに変化するのだった。バームクーヘンなんていう菓子は、まだ食べたことがなかったのではないかしら?

 電話で送る朝刊用の原稿は午後4時が締め切りだった。だから4時になると、いったん仕事をやめて、それぞれ本屋に行ったり、映画を見たり、喫茶店で友人と歓談したりして、夕食後にまた支局に集まって仕事を再開する。

 「三方六」はダルマ・ストーブにくべられて、パチパチと燃え上がるのだった。クヌギや松のなかに、ときには白樺も混じっていて、いい香りだ。支局長はじめわれら6人は、黙々と翌々日朝刊用の原稿を書き、上野行きの最終列車に便を託すのだった。ふと気がつくと、外は雪になっていたりした。
 ストーブの上には水をはった金物の洗面器がのせてあった。そこに、サントリー角の空きビンが立てられていた。なかには、もちろん地酒。早く仕事を終えた仲間は、はやくも湯飲み茶碗で一杯やっている。

 とても貧しかったけれど、充実したなにものかがあった。酒は旨かった。薪ストーブは、温かかった。ストーブを囲んでの会話は、豊かだった。書くべきこと、書かなければならないことも、たくさんあった。下宿に電話はなかったから、急用があれば、支局長みずから、自転車で迎えに来てくれた。

 それから半世紀たって、なぜかプロレタリア文学の代表作『蟹工船』が若い人に読まれているという。半世紀の間に、獲得したものは何だろう? パソコン? ケータイ? 失ったものは、何だろうか? ぼくはいまも、パソコンもケータイも、ままならないけれど、それで、何か、すごくソンをしているのかしら? 人に大迷惑をかけているのだろうか? 薪のストーブの燗酒は、もう呑めないのである。




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