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更新日:2008年5月20日(火)
特集

6月号 特集2 行政依存型の地域経営から脱皮する。(上)河西邦人



■今号は寺島実郎氏のグローバルな視点からの講演に触発された河西邦人氏にローカルな視点から北海道の先を論じてもらいました。専門の経営学の一分野である「地域経営」について、全国の事例と比較できる研究視座をもつ河西教授が、北海道の企業、行政、市民活動などを鳥瞰図的に、そして虫瞰図的に、つまり自由自在に語ります。
 先月の吉岡氏に続いて本誌初登場の大学人です。

河西邦人 札幌学院大学教授

プロフィール:1960年東京生まれ。青山学院大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得退学。外資系金融機関のアナリストを経て、現在、札幌学院大学教授。専門は経営戦略論、経営組織論、地域経営論。北海道過疎地域振興懇話会委員、北海道公益認定等審議会委員、北海道NPOバンク理事として社会活動も行っている。
     
全体構成

(1) 地域のために何ができるか
(2) 行政依存型の地域経営の行き詰まり
(3) 夕張市における第3セクター
(4)「成功の罠」は、自治体にも企業にもある
(5) 「成功の罠」に打ち勝つイノベーション

(6) インターネット社会とNPO型アントレープレナー
(7) 北海道という枠組みの功罪
(8)「志」が取り持つ縁
(9)「志」のネットワークでイノベーション創出

(1)地域のために何ができるか

 37年間住んでいた東京から北海道にやって来た1997年は、翌年に北海道拓殖銀行が倒産する年でしたから、地域経済は大変な混乱期に突入する雰囲気にありました。物事も人物も危機の時に本質が浮上しやすいとすれば、絶妙のタイミングで北海道に来たことになります。
 人の縁も土地の縁もないところに来た当時は、生活習慣の違いなどに戸惑うこともありましたが、20年も住んでいるうちに昨年などは東京に行っても実家にも寄らず、早く北海道に戻ってくるようになりました。生活環境は北海道の方が良い、と身体が正直に反応するようです。ですから、私なりに「この北海道に何ができるのか‥‥」を問い続けています。

 北海道に何ができる、という話をするのは、今月(4月)、秋山記念生命科学振興財団の秋山理事長にご案内いただいて(株)三井物産戦略研究所の寺島実郎先生の講演会に参加でき、グローバルな視点からのお話を新鮮な思いで聞くことができたことに遠因があります。実は5年前に本学(札幌学院大学)の周年記念行事に寺島先生をお招きして、講演をしていただき、私がコーディネーター役を務めたパネルディスカッションにも参加してもらったことがあります。その時も寺島先生の先見性に富む情報とその分析の鮮やかさを感じたものでした。それは、先日の講演でも同様です。

 今回はその講演に触発されたことも含めて、お話をさせてもらいます。
 寺島先生が、自著で高校生のころの思い出としてケネディ大統領の就任演説の一節について書かれていたものがあったと思います。世代は違いますが、私も高校3年生の時にあの有名なフレーズに出会っています。高校時代から英語が好きで英語の専門学校に通っていて覚えたものです。「国家があなたのために何をするかではなく、あなたが国家のために何ができるかを問いたまえ」(Ask not what your country can do for you; ask what you can do for your country)ですね。

 スピーチライターのセオドア・C・ソレンセン(1928年〜)が書いたものですが、時代の空気、アメリカという国の勢い、それを体現するケネディのイメージがうまく結びついていただけに、いまだに多くの人たちを魅了しているのではないでしょうか。
 高校生時代というのは、18歳前後のことですから国民として社会に対して何の貢献も、義務を果たしていないわけです。少なくても私は当時、そう思っていたものですから、ケネディの言葉は個人的にもスーッと自分の中に入ってきた覚えがあります。

 北海道に着任した当時、地方にある企業の消長が地域経済へ与える影響などを研究していましたが、企業の存続以上に地域経済への影響力をもっています地方自治体の政策に関心を強めるようになりました。そこに2003年に北海道庁から政策研究プロジェクトのメンバーに選んでいただいこともありまして、現在は、道内自治体の地域経営研究が増えてきています。

 そこでケネディの演説の一節です。地方自治体と住民の関係を考える場合、ケネディの大統領就任演説の「カントリー」の部分を「コミュニティ」に置き換えるとこれからの地方自治体と住民のあり方を明快に提示していると思うのです。今の北海道民の人たちに行政と住民の関係を理解していただくのに相応しい理念になると思っています。ですから、講演などの機会をいただいた場合はあの一節を使うことがあります。

 経営学の研究者として、現在は今申しあげた理由から市民活動や地域住民の活動をサポートしていく時間が多くなっています。これ自体は住民の方々との協働作業などもあって愉しいのですが、知らず知らずに視野が狭くなるという陥穽もあります。ですから、先日の講演会は、それを防ぐ意味でも私にとっても大変に有意義なものでしたことと、ケネディ就任演説の一節の繋がりを思い出しましたので最初に紹介させてもらいました。

(2)行政依存型の地域経営の行き詰ま

 今度の「しゃりばり」に先日の寺島先生の講演記録が掲載されるとのことですが、寺島先生の話されたグローバル化の流れとその加速度化に伴って出て来るのが、それに抵抗するローカルな意識であり、動きです。グローバリズムの進展と共にローカリズムを大切にする考えが、市民自治に対する意識の高まりに繋がっているように思います。その視点から、道内のそうしたローカルな市民自治について、道内の行政のこと、道内の企業のことなどについてお話をします。

 「しゃりばり」(5月号)特集で吉岡宏高先生が、夕張のことに触れていらっしゃいましたが、私も中田市政時代の1999年に夕張市の第3セクターを調査したことがあります。
 そこで分かったことは、夕張市の行政は住民から出される要望に必死に応えようとしていたことです。それが破綻にも通じていくのですが、例えば「冬場は観光客が少ないからどうかしてくれ」というと「じゃあ、映画祭をやろう」とか、「スキー場を拡張しよう」というような具合です。ホテル経営を旧・松下興産(株)が撤退するとなった時には、「やめられたら、お客さんが激減するから何とかしてほしい」という住民側の声が当然のように出てきます。

 その時の行政対応は、施設を買い取る方向に向かうわけです。スキー経営も撤退する話が出ると、スキーを楽しみにしている子どもたちがたくさんいるのだから、という1万5千人の署名が行政に届きます。結局、その施設は20数億円で行政が引き取りますが、それらが今回の巨額債務の一部になっていくわけです。確かに行政は公共を受け持ち、地域の中で大きな存在でもありますが、住民の「あれほしい、これほしい」という要求に全て応えていたのでは、財政破綻するのは当然のことです。

 この行政手法は、端的に言えば明治以来続いてきた行政依存型のものです。納められた税金を使って公共関連の事業を行政が執り、企業がそれを実施するものです。このパターンは、行政という第1セクターと、企業という第2セクターで社会の問題を解決していこうというもので、明治以降、日本はこの方法で成長してきたのも事実です。
 しかし、社会が成熟してくるとそれだけでは社会問題の解決もできなくなってきました。国民の価値観も多様化していますし、高齢化という人口構成の問題も大きくなっています。今までの行政手法だけでは、住民意識の変化に対応できないのです。それは、1995年あたりから出てきた、市民セクターが地域の課題をビジネスと両立させながら解決する、コミュニティ・ビジネスという考えにも現われています。

(3)夕張市における第3セクター

 夕張市の第3セクター調査での印象に残るのは、調査に対するガードが非常に固かったことです。それでも分かったことは、なぜ、これほどまで経営状態が悪いのに存続できているのか、というその不思議さでした。
 夕張市の場合は、第3セクターが行政の別働部隊の役回りを果たし、行政ではできないことを第3セクターが次々と事業にして拡張していったのですが、行政が第3セクターへ事業委託したり、債務保証を行なったりして、行政の資金と信用で第3セクターの経営状態が悪くても存続できたのです。こうした第3セクターの経営のカラクリは夕張市に限らず、全国の少なからずの第3セクターに見られます。しかし、総務省の指導もあって、第3セクターも破綻処理することが普通になりましたけれど。

 夕張の場合は、中田市長や行政OBが第3セクターの代表になり、行政との密接な関係の中で事業で発生するリスクなどを第3セクターに押し付けていたということもできます。その代わり、第3セクターは行政からの補助金や事業委託を受けて資金を回していたのです。双方が利用しあう関係であります。と言いましても第3セクター側は、主体的な発言、方針などを打ち出せるような立場ではなく、あくまでも行政からの指示に従う経営です。

 同じ産炭地の芦別市も第3セクターがテーマパークで地域振興を図っていましたが、夕張市とは少し異なっています。芦別市の場合は、芦別市役所とテーマパーク事業に詳しい東急エージェンシーの共同事業でした。この事業を主導していた東急エージェンシーの見込み違いもあって、途中で手を引いてしまい、結果は芦別市が多くの事業リスクを引き受けることになっていました。夕張市のように行政が主導しても、芦別市のように民間企業が主導しても、結果は事業の失敗です。地域の柱になるような産業を創出するのはそうそう簡単なものではないと言えます。

(4)「成功の罠」は、自治体にも企業にもある

 経営学に「成功の罠」という言葉があります。
 言い換えますと、過去に成功していると、環境が変わっても「あの時はこれで乗り切ったのだ」という成功体験と成功の自信がアダとなり、失敗するのです。これが「成功の罠」です。一度の成功が失敗の原因になってしまう、という皮肉なものです。

 夕張市の場合、炭鉱から観光へという方向転換に対して旧自治省から地域づくりで成功事例として大臣表彰を受けていたように、社会から評価された成功が、その後の路線見直しを困難なものにしたように思います。夕張市を取り巻く時代環境が表彰後のバブル経済崩壊により大きく変わるのですが、中田元市長は成功体験に固執したのか、地域経営の基本戦略を修正しませんでした。地方自治体の職員はもちろん、議会も市民も、一度成功して全国的にも評価が高い首長に対してなかなか「ノー」を突きつけれないものです。また、中田市長の成功を背景にした権力構造が、中田市政と異なる地域経営のビジョンを押し潰したのかも知れません。残念ながら中田元市長は成功の罠に嵌ってしまい、中田市政時代の負債が夕張市の財政破綻に導くことになりました。

 私にとっては「木の城 たいせつ」の破綻も私にとってはショックでした。夕張市の調査の帰りに、企業研究で「木の城 たいせつ」へ学生たちと調査に行ったことがあるからです。同社の北海道仕様の家の構造と地域の木材を中心に使う健康に配慮した家づくり、通年施工による通年雇用など、同社の経営理念、ビジネスモデル、当時の経営実績はすばらしいもので、北海道内の企業の中で全国的に知られていた企業の一つでした。特に90年代前半から環境を意識した「もったない」という言葉を使った企業理念の発信とブランド戦略は、創業者の山口会長の先見性を示した見事な表現でした。一方で創業者の山口会長の存在があまりに大きくて、逆に不安を覚えたものでした。
 というのも山口会長に対する社員の接し方が、余りにも神格化していたことに違和感が残ったものです。創業者の威光が強すぎると往々にして企業体質を歪めてしまうことがあります。次世代を育てて、きちんと引き継ぐことも、経営者の重要な役割です。「木の城 たいせつ」には山口会長の経営を継承できる、次世代のリーダーが存在しなかったのかもしれません。

 「木の城 たいせつ」の環境経営は21世紀の時代に合ったものでしたが、社会や学会から高く評価された「木の城 たいせつ」の経営理念を強く主張するあまり、山口会長は小世帯向け住宅、デザイン重視の住宅といったニーズの多様化による市場変化になかなか対応しようとしなかった。優れた経営者であった山口会長も成功の罠から逃れられなかったのでしょう。

 夕張市も「木の城たいせつ」も、成功した時の体験が経営者だけではなく従業員にも共有され、それが組織文化として形成されていきます。組織文化というのは、一種の暗黙知といいますか、言葉や文化にはならないけれども全体の了解事項のように受け止められるものです。これは私の所属する大学にもあります。それが校風ということにもなりますし、世間からは伝統と言われることもあります。組織文化自体は組織の競争力をもたらす原動力になります。

 しかし、良き組織文化も環境の変化に適応できなくなると問題が発生します。夕張市破綻後、夕張市職員と一緒に仕事をする機会が幾度もありました。その時に感じたのは、事業の採算性、市民への情報公開、民間との付き合い方への考えに関して、他の自治体と少し違う。中田元市長という強力なリーダーシップを持った市長の下で、夕張市が炭鉱なき後、地域社会を担ってきたプライドを感じました。しかし、そうした組織文化が夕張市の財政や夕張市を取り巻く環境が悪化していく中で、うまく環境へ適応できなかったことも、破綻につながったと思います。

(5)「成功の罠」に打ち勝つイノベーション

 「成功の罠」に嵌らないためには、どうしたら良いか。それは自己革新、イノベーションを自分の中で継続的に起こしていくしかないでしょう。過去の成功体験を学習し、それを現在や未来に起きる意思決定の場面で活かしていくことは必要です。しかしながら、過去の成功体験の時の状況と、今や未来の状況が大きく異なったら、過去の成功体験を活かせないかもしれませんし、逆に失敗を招きます。過去の成功体験時の状況と、意思決定を迫られている今の状況のどこが違うかをしっかり理解した上で、成功体験を活かし、意思決定しなければなりません。
 また、心理学者のアージリスは、成功体験を否定し、0ベースで考える、ダブルループ学習の必要性を訴えています。自分自身の成功体験や成功パターンを否定したり、リセットしたりするのは、誰にとっても容易なことではありませんし、苦痛でしょう。個人に関して言えば、思考パターンを意識的に変えて意思決定したり、熟知していることでもあえてOから情報収集して意思決定したりすることで、成功の罠から逃れる努力をすることが可能になります。

 個人がイノベーションを自分の中で起こしていくことも限界があります。そこで、意思決定をするリーダーが環境変化に応じて変わるシステムを持つことで、組織や社会にイノベーションを起こし、成功の罠に陥らないようにすることも必要です。夕張市も木の城たいせつも、一人のリーダーが長期間、経営の意思決定をし続け過ぎたと言えます。長期政権であっても、意思決定の分権化によって他者の異なった視点で意思決定をしたり、リーダーの意思決定に影響を与えられたりできていたら、違った結果になった結果になったかも知れません。独断も時には必要でしょうが、優れたリーダーは他人の意見を良く聞いたり、任せたりすることで「成功の罠」を逃れ、組織や社会にイノベーションを起こすのです。昨今、企業経営の中に外部取締役を登用したり、自治体の意思決定機関に市民を入れたりすることがありますが、それも「成功の罠」に陥らない、工夫です。

 政治学の中で昨今、人のネットワーク、人と人との信頼関係や規範意識を意味するソーシャル・キャピタル(社会関係資本)という概念が注目を集めています。そうした研究の一つに、イノベーションを起こす地域は、ソーシャル・キャピタルの弱い地域だという、おもしろい見解を示した研究があります。イノベーションというのは、従来の習慣、規制、シガラミを打ち破ることで誕生してくるものです。ソーシャル・キャピタルが豊かな地域社会では、濃密な人間関係はその信頼関係からプラスに働くこともあるが、逆に相互牽制してしまい、イノベーションを抑えてしまうことになりがちだという分析をしています。

 北海道は東京などと違い、面積は広いけれど、人のネットワークはそれほど広くはないように感じます。小さな社会の中での人間関係や組織間関係から心理的な抑制が働き、イノベーションを潰してしまうことが少なくないのかもしれません。北海道がイノベーションを起こしていくためには、成功体験の否定だけでなく、異なった多様な視点と力を生かすこと、そのために他者との創造的葛藤も必要と思います。









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