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更新日:2008年5月19日(月)
特集

6月号 特集1 「金融と環境」を巡る世界潮流〜洞爺湖サミットを前に(下)寺島実郎



 (6)10万人と100ドル
 (7) ポンドに対してドルの価値半減
 (8) 国から理念が消える時
 (9) 排出権取引と弱者の恫喝
(10) 地球環境税の発想
(11) 「人間は時代の子である」

 (6)10万人と100ドル

 21世紀に入って7年が経ちましたが、数字の変化を確認しておきたいと思います。
 まず、「9.11」が起こりました。あまりの衝撃に一種の脳震盪状態に陥ったかのようでした。ブッシュ大統領が「これは戦争だ」という捉え方をして、戦争というカードで問題を解決できると思い込んで、アフガン、イラクに攻め込んでいったのです。その結果、10万人の人が死んだという事実です。
 アメリカ軍兵士の死者が4000人、多国籍軍全体でも5000人、そしてイラク人の死者が少なくても10万人です。テロとの戦いに行ったにもかかわらず、テロはむしろ拡がっています。憎しみの連鎖です。つまり、戦争の論理では、状況が一向に好転していないことが明白です。

 「9.11」の直前(2001年8月)の先物原油価格WTIは27ドル25セントだったのが、今は100ドルを越すところまできています。この7年間で4倍になっているのです。先日、BBCが2年前に制作した番組で2016年の世界の原油価格が100ドルになっていたら、という想定での世界情勢を伝えるものがありました。実際には、10年後の話ではなくわずか2年でその状況になってしまいました。想定している期間は当たらなかったのですが、100ドルになったら? という現実はその通りでした。また、専門家のなかでは200ドル原油の話も出始めています。

 100ドル原油の遠因は、投機的な要素で上がっているのです。WTIの実需は1日あたり70万バーレルです。ところが、取引だけは1日3億バーレルにもなっています。去年、世界中で産出された原油は1日あたり8600万バーレルですから、その異常さが分かると思います。ここで素朴な疑問に立ち返りましょう。実需で1日70万バーレルの地域で、しかも世界中の生産が1日8600万バーレルなのに、どうして1日3億バーレルもの取引になるのか?

 これは、コンピューターの中を短期資金がオンライン・トレードだとか様々な要因が絡まって、投機的なお金がどこに向かうかで石油価格が乱高下していることを物語っています。需要と供給の相関関係で値上がりしているのではありません。特にサブプライムの問題が爆発して、3ヶ月で30ドルもの値上がりがしています。この3ヶ月間に世界の需要でそのようなギャップが生じるようなものがあったのかと言えば、まったくありません。
 要するにマネーゲーム的な要素が、石油のようなものの価格にインパクトを与えているのです。先ほど申しあげた、FTとITの結合がもたらした世界です。

(7)ポンドに対してドルの価値半減

 アメリカという国は、産業の実力以上の軍事力と、産業の実力以上の消費社会を実現しています。それができるのは、世界からお金を引っ張ってきているからです。経常収支の赤字を延々と垂れ流しながら、本当は借金地獄に陥っているのです。人間の体で言えば、下血を上回る輸血をしている状態です。
 では、どうしてそれが可能なのか? と言えば、世界からお金を集めるために相対的に金利を高くしているのです。ニューヨークの金融市場の魅力として、多様な資金運用ができるような市場を作っているのです。これでアメリカが成り立っているのです。

 一方、どうして最近の円高が続くのか? これは、サブプライム問題を契機にして、止む無く景気対策上、金利を下げざるを得なくなったのです。去年の9月まで連邦準備銀行のFFレート(短期資金をやりとりする市場金利。日本のコール市場にあたる)を5.25まで上げていたのを、だんだんと下げて2.25までになっています。これで、日米の金利差が急速に縮まっています。このため、金利の魅力でアメリカに向かっていた世界のお金の流れに変化が生じています。
 アメリカにするとお金を引き付けるためには、金利を上げておかなかればならないのですが、サブプライ問題の爆発で景気対策上、金利を下げなければならないというジレンマの中にあります。つまり、産業の実力以上に軍事力をもちこたえ、消費生活をエンジョイしてきた構図が崩れ始めているのです。そのため極端なドル安に転換し始めています。今世紀に入って、ポンドに対してアメリカのドルは5割以上も下がっています。

 ここで頭の中に3つの数字を置いていただきたいのです。10万人の死者、石油価格が4倍になったこと、アメリカのドルがポンドに対して5割も下がったことです。
 これは無関係な数字ではなく、われわれが21世紀に入って7年間で目撃している構図であります。80年代末、ベトナム・シンドロームでのた打ち回って「衰亡するアメリカ」から、バイオリズムのように90年代にIT革命で「蘇ってきたアメリカ」、そして、再び9.11から急速に「疲弊するアメリカ」を目撃しているのです。

(8)国から理念が消える時
 
 アメリカという国は、理念の共和国とも言われ、ヨーロッパ社会で宗教的、あるいは経済的などの何らかの事情で生きていけなかった人たちがアメリカという国に新天地を求めて希望を託して移民として移り住んでいって形成された国です。移民の国です。多民族の移民を束ねていくためには、理念が必要になります。そこには、ある種の理想主義的な束ねていく軸となるメッセージが求められます。であるがゆえにアメリカは、民主主義と市場主義を掲げ、その価値に酔いしれているほどにこだわっているのですが、この理念が急速に疲弊してきていることを感じます。

 理念で束ねていた国が、その理念を失った瞬間に混迷していく構図は、例えば、かつてのユーゴスラビアに見られます。社会主義の幻想が効いていた時代には、チトー大統領がバルカン半島を束ねていたものです。「民族や宗教でゴタゴタ揉めている時にではない、万国の労働者よ、団結せよ!」と社会主義の理念の下で結束していかなければならない、というメッセージが有効だったのです。その限りでは、ユーゴスラビアという仕組みでまとまっていることができたのです。

 ところが、社会主義が色褪せて、崩壊していった時に理念性も無くなっていったときにどうなったかと言えば、かつてのユーゴスラビアは「民族だ」、「宗教だ」ということで四分五列する事態になっています。だれも中核になって束ねることができなくなっています。
 これはどんなに小さなNPO組織のマネジメントでも、大企業のマネジメントでも同じです。中心に立っている人間なり、理念性が剥げ落ちてくると組織は、大小を問わず束ねきれなくなります。

 今、世界が凍りつくようなことになっているのは、中心概念が残念ながら混迷しているからだと思います。戦争期を率いていたアメリカの大統領の過去を見ると、第一次世界大戦の時のW・ウイルソン(任期:1913〜1921)はアメリカ自身が入らなかったけれどもベルサイユ講話会議で国際連盟の構想を打ち出しています。第2次世界大戦を率いたルーズベルト(任期:1933〜1945)も国際連合の交渉など、戦争を超えて世界秩序のビジョンを示しています。
 今、われわれが生きているこの時代、だれがそれをしているのか、ということです。
 イラクで行われているのは、カウボーイ・メンタリティというカウボーイ映画のように悪漢を懲らしめる正義の保安官のレベルです。世界秩序をどのような方向に持っていくのか、その構想力が一向に見えないところに世界が凍りついている理由があるのでしょう。

 しかも、もっと哀しいのは、日本人としてのわれわれ自身が問いかけないといけないことです。この国を覆う「仕方が無いじゃないかシンドローム」です。イラク戦争の時に、日本が取ったスタンスはどうであったのか、です。「アメリカに付いていくしか仕方がないじゃないか」というため息混じりの空気が漂い、21世紀の世界を構想するビジョンがまったく見えない状況にあります。この只中を日本は今も走っています。

(9)排出権取引と弱者の恫喝
 
 そういう中で地球環境についての視界を広げるために申し上げたいのですが、明日のテレビで紹介される排出権の話があります。ミャンマーの事例が出てきます。
 豚の糞からメタンガスが発生するのですが、これは普通のCO2の21倍もの地球温暖化に対してネガティブな効果があるものです。このメタンガスを封印して、日本企業が排出権として購入、さらにメタンガスを利用して発電して今まで電気も来なかったミャンマーの村に電気をもたらす、という表面的には誠にハッピーな話として紹介されます。これだけですと排出権取引も悪くないなあ、と思う人も少なくないでしょうけれど、それほど単純ではありません。

 排出権取引には、弱者の恫喝みたいな側面があります。
 つまり、義務を一切負わない国(ロシアや中国など)が、義務を負っている国に対して、排出権を売って、手のいい所得移転を図っています。しかも、実際に努力して排出量を減らして環境対策ということにならずに、金で解決すればいい、という流れを作りかねません。
 事実、中国には排出権ブローカーが跋扈しています。これは新手のサブプライム・ローンです。そして、この排出権ビジネスに熱心に取り組んでいるのは、金融機関であることに気づくはずです。ミャンマーの事例でも日本の銀行の若い女性が活躍している光景がヒロイン扱いで放映されています。これを見た方々は、捉え方の浅いことを感じるかと思います。

 地球環境問題は、エネルギー問題と関連していることと、もう一つは国境を越えたグローバルな問題であることにお気づきだろうと思います。この地球を一つのパッケージとして捉えるべき、国境線を越えた問題なのです。例えば日本海の生態系の問題でも日本が京都議定書を守るためにまなじりを決して挑んでも日本海の生態系が守られるという単純な問題ではありません。中国、ロシア、韓国、北朝鮮を巻き込んで取り組むべきことです。しかも、地球環境全体を一体として捉える発想がないと、議論も始まりません。まさに手塚治虫が残した「ガラスの地球を救え」(1989年刊)という作品の発想が求められています。

 ところが、排出権の国別の話にしても、キャップアンドトレード(*)というアプローチにしても、これらの話は再び国境線に議論を戻して、どの国がどの程度負担するかというような国同士のせめぎあいをしている状態です(*編集部注:温室効果ガスの排出権取引における取引手法の一つ。排出の規制対象となる企業などには、政府が定めた総排出量に基づいて、排出量の上限を設定した排出枠が割り当てられる。これがキャップである。この排出枠の一部を取引(トレード)することを言う)。

(10)地球環境税の発想

 これから厄介な問題として「地球環境税」という発想が必要になってくるだろうと思います。現在、昨年の世界全体のマネーゲームの象徴である為替取引は300兆億ドルあると言われております。これに対して、国別にではなく国際機関がこれに地球環境税という形で広く薄く税金をかける話になってくると思われます。現在、議論されているのは、0.005%くらいとも言われています。つまり国境を越えたマネーゲームに対して税金をかけようというものです。

 これを税源にして、地球環境対策をしようというのです。南極だとか北極などの誰が主権をもっているのか分からないような地域の環境問題も非常に重要なわけです。このような時代だからこそ、国ごとに枠を巡って戦い合うのではなく、国境を越えた経済活動に何らかの形で税金をかけて、それを国際機関が徴税して地球環境対策にしようという発想が重要になってきます。事実、今年2月には、わが国の国会議員が超党派で36名集まって議員連盟ができています。

 フランスやベルギーではこの地球環境税的な議論がなされ、議会で決議され始めています。この流れは従来より一歩前に出た構想として重要になってくるものと思います。自分の国は6%削減目標を掲げるだとか、いやうちの国は6%ではイヤだといった類いの議論ではありません。経済理論では以前からあったものですが、今後、国境を越えた徴税の仕組みを財源とした地球環境問題に立ち向かっていく流れとして、より新しい発想として出てくるでしょう。これらを現実的なものにしていかなければならないと思います。つまり本質的な環境問題の解決に向けて議論しなければならない時期が来ているのです。

 この話を出した理由は、かつて戦争のような悲劇を乗り越えていくためには、先に話しました国際機関が必要だという画期的な提言をしたアメリカ大統領のW・ウィルソン。同じくいまだに機能していない部分もありますが、世界システムを何とか制御できる発想を模索したルーズベルト大統領の先例に学びたいからです。
 新しい21世紀の地球環境が大変な問題だというのならそれに相応しい仕組みを構想しなければならないと思います。液体を紐で縛るような議論をしていても変化を起こし、未来を構想することができません。

(11)「人間は時代の子である」
 
 最後に『脳力のレッスンII』について一言触れておきます。著者として特に読んでもらいたいと思っているのは、第1章の「脱九・一一の世界への視界」です。これは、今日お話したような視点でベルサイユ講話会議に何を学ぶのか、吉野作造の果たした役割をもう一度確認をしておくことが今日の日本を考える上で大切だと思っているからです。

 他にも、なぜかくも資本主義はマネーゲームに傾斜していっているのか、あるいは「あとがき」で空海を現代的視点からどう見るかなどを書いております。これらの連載は、大学院の学生に語りかける時の素材を提供するつもりで進めておりますので、読んでいただければ、多少なりとも脳力のレッスンにはなるだろうと思っています。「世界」(岩波書店)という月刊誌の連載は、現在、第3部に入っております。ここでは戦後なるものを問い返す話題を提供しています。

 団塊世代が自分とは何であるかと問うています。子ども時代に親しんだテレビ番組には、思い出深いものがたくさんあります。例えば「うちのママは世界一」ですとか、「パパ大好き」とか、「ルーシーショー」などです。そして人気を博した「ララミー牧場」とか「ローハイド」は、テレビ朝日の前身である日本教育テレビ(NET)の救世主にもなりました。この種のテレビドラマは、ほとんどタダ同然でアメリカから日本に提供されていたことを先日の「報道ステーション」で語りましたところ、反響が大きかったのですが、要は「人間は環境の子である」ということを申しあげたいのです。

 私自身、子どもながらにもアメリカのホームドラマを見て、あんな大型冷蔵庫のある家庭、大きな庭のある家、車社会の豊かさに素朴な憧れを抱いたものです。海の向こうの国では、そんな生活を日常的にしているんだ、とかわれわれの心の中には、アメリカへのポジティブなイメージがDNAのように埋め込まれている、ということです。カウボーイ映画では、アメリカ人にも正義感の強い人間もいるんだなあとか、「コンバット」ではサンダース軍曹は立派だなあとか、ものすごく影響を受けているのです。
 われわれの親しんだアメリカのテレビドラマは、日本の共産化を防ぐ目的に当時のアメリカがマッカーシズム旋風の吹き荒れた時代との関係から、目的意識的に日本に撃ち込まれたものです。

 そのような時代の影響をたっぷり受けているのが、われわれです。ということは、われわれは主体的に思考したり判断したりしているつもりでも、実は大きな構図の中に縛られて生きてきたということです。
 そこから自分の自由な思考を取り戻すというのは大変な作業であることを覚悟しなければならない、ということもであります。
 今回はここまでの話にさせていただきます。

≪おわり≫









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