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HOME > ぶらりしゃらり > 第120回 花が津軽海峡を渡るころ
更新日:2008年4月10日(木)
ぶらりしゃらり

第120回 花が津軽海峡を渡るころ



轡田隆史 エッセイスト




題字:筆写
写真:石井一弘(ギリシャ、ローマに通じるイスラエル・カイザリアの遺跡)


 何度かしゃべったことだけれど、下手の横好きで書をやっている。
 墨卜会(高野早苗先生)という小さなグループに属して、毎年一回、グループ展を開いている。2008年春のそれは、能の観世栄夫さんと、コスモ石油の会長だった住吉弘人さんのおふたりが世を去ってしまって、まことに哀しい、寂しい会になってしまった。

 こころを励まして、何とか終わらせた。ぼくが書いたのは、数年前からくりかえし題材にしている、『新古今集』の選者、藤原定家(1162〜1241)の日記『明月記』からの引用である。

 月帯蝕于時天漢無雲

 月、蝕を帯び、雲ひとつ無い空に銀河、と読んだらいいのだろうか。「天漢」とは天の河のこと。雲ひとつない空に銀河が輝き、月蝕の月がかかっている、という意味なのだろうか。
 和歌の部分以外はほとんどすべて漢文で記されている日記の、嘉祿2(1226)年7月15日の一節である。「天晴」という記述にはじまった、その日の日記は、終夜清明、という言葉で簡潔に終わる。

 藤原定家は月蝕を見上げている。雲の無い空には銀河が輝いている。歌人、山中智恵子さんは、名著、『「明月記」をよむ 藤原定家の日常』(三一書房)のなかで、「月蝕を見る定家はいい」と感動を記している。

 それにしても、スゴイ光景ではないか。雄大な天を見上げている藤原定家は、ただ簡潔に事実そのものを書き残すだけで、感想めいたことは述べていないが、それだけにいよいよぼくは、映像を見ているように、いきいきと定家の息吹を感じるのである。
 「嘉祿」という年号でいえば、その元年に定家は『源氏物語』五十四帖の筆写を完了している。世界最古の大恋愛小説を紫式部が書き上げたのは11世紀のはじめごろのことだから、藤原定家よりも200年も昔のことだった。

 『源氏物語』は現代のわれわれにとって偉大な古典であることもちろんだが、鎌倉時代初期の人、藤原定家にとってもすでに大古典であったのだ。
 「月蝕」と「天漢」すなわち銀河と、雲ひとつない空という、いわば悠久の天象と、平安から鎌倉への人間の時の流れを並べてみるたびに、ぼくはいつでも不思議な感慨にとらわれるのだ。

 それはたとえば、紀元前400年代のギリシャの歴史家ヘロトドスが、北は黒海北岸、南はエジプト南端、東はバビロンに至る大旅行をなして、『歴史』という著述を書き残したことにも似るのである。
 『歴史』のなかでヘロトドスは、エジプトのピラミッドを見上げたときのことを語っている。ピラミッドは、ヘロトドスの時代よりも数千年も昔の「遺跡」だったのである。いまのわれわれにとって、いうまでもなくエジプトの古い文物は偉大な古代遺跡なのだが、紀元前400年代の古人、ヘロトドスにとってもすでに「遺跡」だったのである。
 歴史や遺跡のはるか高空に、悠久の天があって、人間の営みを見下ろしている。

 桜が津軽海峡を渡って行くころの花冷えの夜、湯豆腐で一杯やりながら、そんなことどもを想うのは至福の楽しみである。




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