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更新日:2008年3月12日(水)
特集

4月号:特集1 北海道農業とカーボンチャンス〜新しい価値創造の時(下) 



鈴木 善人 (株)リープス代表 

(5)農業企業化の実践事例「十勝しんむら牧場」の場合

 当社の顧客の十勝しんむら牧場は、十勝の上士幌町で放牧を中心とした酪農業を営みつつ自家製の牛乳を原料として使用したミルクジャムやクロテッドクリーム等の乳製品の製造、飲食店経営と多様な事業展開をしている。
 社長の新村浩隆氏はまだ30歳代半ばの若い農業経営者であるがその起業家精神にはいつも感心させられる。その風貌も酪農家というよりむしろ企業家、青年実業家といった方がふさわしい印象である。酪農経営を企業化し社会に貢献しようとする姿勢は農業経営に新たな価値を確実に生み出している。

 十勝しんむら牧場の企業理念は「食べる人のための農業を実践し、次世代に継承しつづける企業」である。若い農業者が企業家としてこのゆるぎない経営理念を生み出すまでには相当の苦労があったことは容易に想像できる。代々続く酪農家に生まれた彼は、子供の頃、家業の酪農をどのように見ていたのだろう。周囲から家業を継ぐことを期待され、その期待どおりに就農した彼にとって企業化へのモチベーションは何だったのか。

 それは彼が食べる物を生産する農業の本質に気づいたからであり、食を生産する者として人の健康と土壌を守る責任の重さを感じたからだという。
 農業生産者にとって誰のために生産しているのかと聞かれれば、当然、食べる人のためである。この当たり前の事実を正面から受け止めている農業者はどれぐらいいるだろうか。また、農業は太陽の光や土、水などの大自然の仕組みを利用し、その恩恵をうけて成り立つ産業である。目先の利益のために自然の営みを妨げるようなやりかたをしては次世代に生産性の高い生産基盤である土を残すことはできない。

 「食べる人のための農業を実践し、次世代に継承しつづける農業」というのは、一見して何てことはないように見えるが、実に農業の本質をついた理念であったのだと、あとになってつくづく思う。
 昨年来、新村社長の理念を具現化するために経営企画をたてるお手伝いをさせてもらっている。そのひとつとして企業理念を社会に伝える手段として会社パンフレットの製作である。一般の企業ならばどこにでもありそうな会社パンフレットであるが農業者がパンフレットをつくっているという事例は少ない。企業化の意欲のある農業者が名刺をもったら次にしたい作業である。

 そのパンフレットであるが、最初のページに十勝しんむら牧場の「意志」として「自然への畏敬と農業の素晴らしさ、そして感動を伝えたい」とある。この意志表明にあるとおり彼の事業展開はダイナミックであり農業の楽しさ素晴らしさを伝えている。
 自然との調和や社会的な存在意義、経済活動の中といった様々な外部環境に自らの経営の立ち位置を見つけ出している。ちょうどジグソーパズルのピースのように外部環境に牧場という存在そのものがぴったりとはまっている印象を受ける。牧場の持つゆっくりとした時間の流れと忙しい都会の持つ速い流れの速度の違いを吸収する緩衝材のような存在となっている。それは牛乳やミルクジャム、クロテッドクリームといった自家製の乳製品で、都会の人たちに牧場のさわやかな風を届けているように商品とともに北海道に確実に存在する緑豊かな牧場の存在を感じさせる。生産者の意志が消費者に伝わる瞬間である。

 十勝しんむら牧場内にはクリームテラスというティールームがある。そこでは搾りたての牛乳やミルクティなどを味わうことができる。新村社長はこのクリームテラスを「牧場のショールーム」であると説明する。牛乳や乳製品のおいしい食べ方の提案や自然を感じ楽しんでもらう場であり、生産現場の今を知ることのできる情報発信や交流、学びの場であると位置づけているからである。

 さらにこれからの事業展開を問うとこの地域で人材育成や自然や食に関する教育活動、風土に根ざした社会貢献活動に取り組みたいと語り、将来的には牧場という「場」に多くの人が住み集い、文化の発祥地となる「エコ・ビレッジ」を形成したいと夢は広がる。農業を核としながら関連産業ばかりではなく多くの分野への波及効果が期待できる。地方の基幹産業は農業というところが多いが、農業だけ振興しても他分野の波及効果がなければ意味がない。十勝しんむら牧場のように農業を企業化することによって地域に夢と希望を抱かせ、地域活性化を図る新たなアプローチとなる可能性があるのである。

(6)農業の持続可能性という社会貢献

 農業は本来、再生産可能で持続可能な産業である。農地を適正に管理していれば何百年も何千年もその土壌で農業生産することができるはずである。また、そうしなければ我々の食も保障されない。食料を生産・供給する者として農業生産を持続可能とすることは農業者の義務であり極めて責任の重い社会貢献でもある。
 農業の持続可能性とは、農地の生産性、すなわち地力を維持、増進することである。地力の源泉となるのが、土壌中にある腐植物質という有機物である。この腐植物質が土に生命を育む力を与えている。腐植物質が豊富にある土壌は保水性があると同時に空気も多く取り込んでいる。つまり地力のある土というのは概して、しっとりとしてふかふかな状態にある。
 植物だけではなくミミズや微生物などの生育にも適しているので、たい肥をまくとすぐに微生物が分解し肥料成分を供給するとともに新たな腐植物質をつくりだすのである。ところが農地に有機物の供給を怠れば腐植物質は分解されてどんどん地力が失われていく。土壌ではなく砂のような無機的な鉱物の集合体となるのである。

 近代農業の発展は化学肥料の功績によるものが大きい。化学肥料の発明によって農産物の生産量は飛躍的に増加し多くの人々を飢餓から救った。しかし農業の生産現場では化学肥料に頼るあまり有機物の投入を怠り、地力が低下してしまっている。地力が低下した土壌で作物を生産しつづけるにはより多くの肥料が必要となり、また作物の抵抗力なども落ちるので病害虫による被害も受けやすくなる。悪循環のはじまりである。
 農業の持続的発展のためには、土壌のメンテナンスが重要でたい肥等の有機物を有効に利用することが欠かせない。

(7)農業が低炭素社会に貢献

 ところで地力の源泉となる腐植物質は炭素が主成分である。したがって地力を高めるために農地に腐植を蓄えるということは、農地に炭素を蓄積させることと同じ意味を持つ。土壌は表層1mに約2兆tの炭素を土壌有機物の形態で保持しており、これは大気中の炭素の2倍以上、植物体バイオマスの約4倍といわれているそうである。
 地球温暖化の危機にあり低炭素社会を目指そうとする国際的いや地球的な大きな流れの中で農地が炭素の吸収源となる可能性が出てきたのである。既に地球温暖化に寄与する二酸化炭素の吸収源に関する国際ルールでは植林や森林経営に加え農地管理、植生回復、放牧地管理の活動も吸収源活動として選択することが可能であり、デンマーク、ポルトガル、カナダ、スペインでは農地管理を吸収源として選択している。
 日本でも今後農地を二酸化炭素の吸収源として選択することが検討されており、農業者にとっては農地に腐植を蓄積することで地力を増進し、さらに地球温暖化防止にも寄与できるという社会貢献を考える上ではダブルチャンスといえる状況になった。

 これらに加え、世界の農業政策の流れでは、たい肥等を有効に活用し地力維持を図る“環境保全型農業”に対して、直接払い補助金を拠出するようになりつつあり、日本でもこの制度の導入が検討されている。
 まさに農業経営においては低炭素社会に向けたパラダイム・シフトが起きようとしているのである。新しいパラダイムで評価されるような農業経営が今後のおおきな方針のひとつとなりそうだ。

(8)低炭素社会に向けた企業活動

 低炭素社会の実現に向けた取組みは世界中あらゆる国や企業が高い優先順位をもって行っている施策である。国や企業、地方自体だけでなく個人にとっても温室効果ガスの発生の少ない、環境負荷の少ない商品やサービスを選択する消費行動が社会的に責任として意識されるようになってきた。
 エコバックを持ってハイブリッド車で買い物に出かけカーボンオフセット商品を購入するというライフスタイルがトレンドとなっている。
 カーボンオフセットとは、省エネなどの二酸化排出の少ないライフスタイルを実践したうえで、どうしても排出してしまう二酸化炭素を植林や森林管理などの二酸化炭素を吸収する活動によって打ち消すという考え方である。しかし個人が二酸化炭素の吸収活動を実践するには限界があり、代わりにカーボンオフセットの商品やサービスを選択することで間接的に二酸化炭素の吸収活動に投資するというシステムである。
 昨年、日本郵便がカーボンオフセット年賀状を発売したのは記憶に新しいが、これは通常1枚50円の年賀状に5円の寄付金を上乗せして販売し、この寄付金を全額二酸化炭素の削減プロジェクトに投資しよういうものである。飛行機での移動は二酸化炭素の排出が多いとされているが、航空会社でも航空運賃にオフセット料金を上乗せして販売し二酸化炭素の吸収活動に投資している。

 このように企業は環境や社会に対して積極的に貢献する活動を展開している。企業の社会的責任(CSR:Corporate Social Responsibility)事業は企業価値を高め、持続的で安定的な経営には欠かせないものとなった。

(9)企業と農業と土が有機的に結びつく

 企業のカーボンオフセットやCSR事業の投資先として、今後農業が果たすべき役割は大きいのではないだろうか。土壌に炭素をたい肥として施用し蓄積することで化学肥料等の使用が少ない環境保全型農業を実践し、さらに良質な農産物を生産することができるとなれば社会的インパクトも大きいし、農業の持つ価値を新たな評価軸に大きく転換することができる。

 土壌に投入する有機物は家畜排せつ物を積極的に利用すればよい。家畜の飼料の自給率は低く、多くを輸入に頼っており、それが最終的に排せつ物となって国内の酪農地帯に集積し水質汚染や悪臭などの畜産公害の原因となっている。また、畜産と畑作がそれぞれ専業化することで、畜産部門で出たふん尿をたい肥化して畑で使用するといった同一経営内での循環利用が難しくなっている。 また、酪農業におけるフリーストール式牛舎などの集約的な飼養方法は生産効率向上の一方で、堆肥化しにくい高水分の排せつ物を発生させている。高水分のものは運搬が困難で、たい肥としても未熟であるから畑作農家での利用が進まず結果として不適切な処理となっている。

 アンケート調査によると家畜排せつ物をたい肥として積極利用したいとする農業者の割合は高いが、一方で品質や費用の問題で使いたくても使えない農家多い。
 ここで社会貢献活動に積極的な企業がたい肥の流通や品質の改善、畑地への投入等に要する資金の提供をすることはできないだろうか?

 農業者にとっては地力増進により健全な農産物をつくることができて、次世代に肥沃な土壌を継承することができる。企業にとっても農地土壌の炭素率の向上という目にみえる環境投資効果が得られ、そこから派生する食や健康、自然保護といったCSRにとって重要なテーマに発展させることができるのではないだろうか?

 低炭素社会という新たなパラダイムでの企業と農業と土壌の有機的な結合による新たなビジネスモデルとなると期待している。

(10)「十勝の大地で地球で守る」プロジェクトの始動

 今、十勝で新たなプロジェクト「(仮称)十勝農業イノベーションフォーラム」が始動しようとしている。
 私は数年前から農地の地力に深く関与する「腐植」の生成技術に関する研究開発を帯広畜産大学の谷昌幸准教授らと取り組んできた。この研究成果が低炭素社会にむけて有効な技術となりえるのではないかとの思いから、十勝管内の研究者、農業経営者、企業などの同志を募り、立ち上げようとしているプロジェクトである。

 今年は北海道で洞爺湖サミットも開催される。開催地である北海道の環境技術力が試されている。北海道の基幹産業は農業。農業から社会・環境に対してイノベーションを起す意味でこのプロジェクトを次のように紹介している。

“十勝の耕地面積は約26万ヘクタール。この広大な大地は日本最大の穀倉地帯であり食料生産基地となっています。その土壌は大昔の火山の爆発で降り積もった火山灰に由来するものが多く、地球温暖化の原因となっている炭素を大量に吸収することが可能です。
 しかし一方で十勝農業はメタンや二酸化炭素などの温室効果化ガスを大量に排出しているといわれています。その原因は家畜の排せつ物の不適切な処理や過度な土壌耕起などによるものです。

 わたしたちは、家畜排せつ物などのバイオマス資源を安定的な腐植物質として土壌に蓄積する技術や土壌や家畜排せつ物からの温室効果ガス発生を抑制する技術、そしてバイオマス資源を農業に積極的に利活用するための堆肥の品質評価システムの開発を行っています。これらの技術は地球温暖化防止に貢献するばかりではなく、地力(農地生産性)の増進、作物の健全な生育にも役立ちます。地球を守る十勝の大地をわたしたちの技術が守ります。“

 十勝は全国的にも「豊穣の大地」とのイメージができており、その素晴らしい景観や農畜産物を楽しみにして毎年多くの観光客が訪れる。この大地が持つ可能性は食料生産や観光資源だけではない。十勝農業は地球環境を守る可能性を持っているのである。
 というのも、日本最大の耕地面積を誇る十勝の農地は、数百万トンにもおよぶ二酸化炭素を腐植という形で吸収できる能力を持っているのである。余剰ぎみの家畜ふん尿を適切にたい肥化して循環利用することで地力つまり農地生産性も高まり、まさに一石二鳥である。いや、家畜排せつ物の不適切な処理による畜産公害が減少すれば一石三鳥かもしれない。さらに訪れる観光客が増え、地域が活性化したら・・・好循環のきっかけになればとの思いがある。

 このプロジェクトは企業のCSRやカーボンオフセット事業の協力を得て進めたいと考えている。たとえば、十勝を訪れる多くの観光客は飛行機でやって来て、レンタカーで管内の観光地をめぐっている。飛行機やレンタカーは化石燃料を使い、二酸化炭素を排出している。この十勝で排出した二酸化炭素排出分をオフセットするために、ぜひ、十勝の大地に炭素を貯金(貯炭?)していただきたい。そして、そのシステムを構築するプロジェクトにぜひご賛同いただきたいと考えている。

(11)農業の企業化が社会貢献となる

 これまでの農業セクターは閉鎖的な環境であった。ビジネスとして外部との積極的な交流も少なく、農業分野への企業の参入も阻んできた。しかし、社会と積極的に関わることで今までになかった価値が生まれる可能性がある。
 たとえば企業からCSRやカーボンオフセットに関する積極的な投資を受け入れて品質の高い農産物を生産することができれば投資企業を通じて新たな販路が生まれるかもしれない。その農産物はカーボントレードオフとか環境負荷が少ないというプレミアムがつきエコなトレンドに敏感な消費者に喜ばれるだろう。企業が仲介することで消費者との直接的な交流の機会も得ることができて、農業の素晴らしさを伝えることもできる。まさに善意の社会貢献の好循環である。

 このところ国際的な競争力がなくグローバリスムの中で弱者となっている農業であるが、農業経営者自身が企業家として戦略的に経営を考えることで今までになかった価値で評価されるようになるかもしれない。それがイノベーションであり、新たなパラダイムを生み出す原動力となるのである。

筆者プロフィール
1967年生まれ。北海道札幌市出身。帯広畜産大学卒後、ゼネコンに入社。その後、北海道にUターン。2003年に株式会社リープスを設立。農業の企業化に取り組む。廃棄物系バイオマスを活用した土づくり、地力の源泉である「腐植」の生成技術について研究開発中。経済と環境との両立。サスティナブルでオルタナティブな世界に新たな価値を求めています。

≪おわり≫









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