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更新日:2008年3月12日(水)
特集

4月号:特集1 北海道農業とカーボンチャンス〜新しい価値創造の時(上) 



鈴木 善人 (株)リープス代表 

全体構成
上(1)名刺を持たない匿名の農業者
 (2)農業をのみこむグローバリズム
 (3)農業者と消費者との信頼関係の構築
 (4)農業の企業化

下(5)農業企業化の実践事例「十勝しんむら牧場」の場合
 (6)農業の持続可能性という社会貢献
 (7)農業が低炭素社会に貢献
 (8)低炭素社会に向けた企業活動
 (9)企業と農業と土が有機的に結びつく
(10)「十勝の大地で地球で守る」プロジェクトの始動
(11)農業の企業化が社会貢献となる

(1)名刺を持たない匿名の農業者

「俺、農家だから名刺は持ってないんですよ。」
 私が初対面の相手に名刺を差し出すたびに幾度となく言われる言葉である。私は農業コンサルタントという仕事柄、多くの農業者と出会う機会があるが名刺を持たない方がたいへん多いように思う。
 そもそも、これまでは農業界では名刺を持たないことが普通であったのかもしれない。それは、これまでの農業者は社会との関わりが希薄であり、社会の中での“立ち位置”や存在意義を自らの経営の中で考える機会が少なかったのではないだろうか。名刺は個人と社会とを繋ぐツールである。だから農業者にはぜひ名刺を持っていただきたいと思う。あえて名刺を持たないということは社会との関わりを拒絶する明確な意思表示ともとれる。誰でも関わりたくない相手には名刺を渡したくないと思った経験はあるだろう。

 私がはじめて名刺を持ったのは、社会人になってすぐのこと、新入社員研修が終わり、赴任先に到着したら自分の使う机の上に、自分の名前の入った1箱100枚入りの名刺が置いてあった。はじめて持った名刺に感動し、これから始まる社会人としての前途に大いなる希望を持ったのを今でも新鮮に覚えている。
 新入社員研修では名刺交換の仕方を教えられたし、研修の講師からは「初任給で自分のために上等な名刺入れを買いなさい。」と言われ、デパートでブランドものの黒い革の名刺入れを買ったのを記憶している。以後、私にとって名刺はもっとも常識的なビジネス・マナーとなった。

 社会に対して繋がりを持とうとすれば、まず、自分の名前や連絡先を伝えなければならない。最も初歩的なコミュニケーションである。もし、ホームページやブログを持っていればパンフレットやカタログを渡さなくても相手に自分のことをより知ってもらうことができる。たった1枚の名刺が自分と世の中を繋ぐネットワークの入り口になるかもしれない。また、名刺には経営理念やキャッチフレーズ、そして理念をデザインしたロゴマークを印刷することもできる。

 名刺を持たないということは匿名性も高いが社会との関係性も希薄になりがちである。そして社会に対する責任感を持つことも社会貢献することも難しくなってくるだろう。
 これまでの農業者は名刺も持たず匿名でもよかったのかもしれない。農業生産には匿名を許す産業構造があったからだ。しかしこれからの農業経営は社会から存在を望まれるようにならなければならない。

(2)農業をのみこむグローバリズム

 これまで農業者が名刺を持たない、あるいは持つ必要がなかったのは農業という産業構造が国民のための食料生産という大儀のもとで国が農業者を一括的に管理し、所得や生活を保障していたからであり、農業生産技術も国や地方自治体等の研究機関が開発し農業改良普及センター等を介して各農業者に一律公平に普及するようしシステムがつくられていたからである。
 さらに、農産物流通も農協等の系統組織という優れたビジネスモデルの上で動いてきた。国や自治体、農業団体等が相互に補完しあいながら、常に日本の農業者は守られてきた。だから、これまで農業者は数少ない利害関係者と限られた地域の中で平穏に生活を営むことができたのである。

 私はこのシステムが悪いとは思っていない。食料自給は国の安全保障の重要な政策であり国内農業を守るのは国家の責任である。しかし、1960年に79%もあった食料自給率はいまや40%を切るまでになり、先進国の中では最も自給率が低い国になってしまった。自給率が急激に低下した理由は急速なグローバリズムである。
 日本の経済成長は通貨としての円の価値を高めた。それで外貨を稼ぎ食料も世界中から買い集めることができるようになった。そして日本人の食の嗜好が洋風化し求める食材が変化した。この急速なグローバリズムに日本の農業の現場が取り残されてしまったからである。

 そして今、私たちの食卓にあがる食料の6割が外国産である。つまり実は私たちの食卓や農業もグローバリズムの渦中にあるのである。その現実を強く認識しなければならない
 昨年はパンやパスタや菓子、マヨネーズ、ハム、ソーセージなど食品の値上げが相次いだ。つい先日も小麦が30%も値上げになるという報道があったばかりである。その原因は世界中で加熱するバイオ燃料ブームといわれている。小麦や大豆からバイオエタノールの原料となるトウモロコシに生産がシフトしたことで小麦や大豆の価格が高騰しているのである。
 また、中国やインドなどの発展途上国では急速な経済成長にともなって食料需要も増大しているため、日本がこれまでのように国際市場から食料を調達するのが難しくなっている。その影響が自給率の低い日本の食卓、家計を直撃しているのだ。

 資源に乏しい日本の農業の現場では生産コストが増大している。飼料自給率の低い畜産の場合、輸入飼料の高騰によって経営危機に直面している。また、化学肥料も大幅に値上がりしている。さまざまな経済アナリストが予測しているのを見ればこの状況は当分続きそうである。農業経営はこの危機をどうやって乗り切ればよいのだろうか。

 グローバリズムの潮流の中で日本の農業はこれまでと同じシステムとビジネスモデルで生き残ることができるのだろうか。今までとは違うパラダイムで農業経営を考えるべきではないだろうか。

(3)農業者と消費者との信頼関係の構築

 消費者の立場から農業を見た場合、私たちは農業者ひとりひとりの農業に対する思いを知ることは難しい。私たちが知るのは産地や品目のイメージであり、先入観に染まったステレオタイプなものである。先入観は流通やメディアによって形成され、現実と乖離する。

 たとえば牛乳パックに必ず印刷されている牛が草原でのどかに草を食む風景。放牧酪農の風景だ。しかし現実に放牧をしている酪農家は北海道でもおよそ半数しかいない。都府県ではわずか1%である。あるとき私が知人にこの話をしたらすごく驚いていた。ほとんどの消費者は乳牛というのは放牧されて育っているものだと思い込んでいるのではないだろうか?現実を知ったときに少ながらず失望感を持つかもしれない。

 今、私は農業の現場に起きていることが正しく消費者に伝わっていないことが大きな問題であると考えている。食品偽装の問題や有機農産物の偽装、残留農薬のポジティブリスト、遺伝子組み換え作物の是非、そして食料自給率の低迷など農業と食に関わる問題の多くはメディアの報道のしかたによって世論が形成されている。そこに農業の本質が伝わっているだろうか。

 食卓と農業の現場の距離がどんどん離れている。消費者は農業を理解しようとはしないし農業者は社会に積極的に関わろうとはしない。両者の溝は深まるばかりである。農業、食について農業者自らが消費者に積極的に情報を発信し、現場の“今”を伝え、強固な信頼関係を築くことが急務である。そうしないと日本の農業は社会に必要とされないお荷物になってしまうかもしれない。

 私はこれからの農業経営はひとつひとつが独創的で個性的なものであるべきだと考えている。そうすることで多様な価値が生まれ消費者や社会と心の通う“有機的な”関わりができると思う。

(4)農業の企業化

 農業者が消費者と強固な信頼関係を築き、社会の中での“立ち位置”を確立するためには、農業という生業(なりわい)に対する普遍的な理念がなければならない。農業という仕事に対するひとつひとつの行動がこの理念に基づいていることが信頼を築きあげ、やがて社会になくてはならない存在、すなわち社会にその存在を許されるようになるのではないだろうか。
 これは農業経営に限ったものではなく企業経営全般にいえることで一般の企業は既に当たり前のこととして取り組んでいる。理念がなければ商品やサービスの開発も営業もできない。
 顧客に自分の商品の説明もできない企業なんて存在を許されるわけがない。そう考えると農業と社会との関係性を深めるためには企業化は避けては通れない。

 私は、本来技術開発系の農業コンサルタントであったが、最近は経営に関する相談も増えてきている。農業の企業化の必要性を感じている農業経営者が増えてきている。
 農業経営を企業化するというのはなにも法人化しなければならないというわけではない。もちろん法人化することで決算書類を作成するので経営が透明化するというメリットもある。最近は農協だけではなく銀行も農業に対して積極的に融資をするというから、法人化のメリットも大きい。

 企業化するというのは新しい社会的な価値を創造し顧客や取引先などのステークホルダーに提供することであり、その結果として利益を得て存続しつづけるものであると思う。
 農業の場合、提供する商品とは農産物である。その価値は農産物そのものの品質であり、品質の高さを裏付ける生産プロセスである。農産物だけで高い社会的価値を生み出すには他に生産する人のいない希少な品種を栽培するなどの工夫が必要である。

 一方、生産プロセスで社会的価値を生み出すには、新しい農業技術(農法)の導入によって肥料や農薬を減らすとか有機農業を行うことである。また、最近では温室効果ガスの排出量の削減や環境負荷の低減などの環境保全型農業の実践なども新たな価値となり得る。さらに生産品目や生産プロセスだけではなく、農業体験を通じた食育活動やグリーン・ツーリズムなど受け入れ先として自らが観光資源となることや加工食品の製造やレストランの経営なども農業が提供できる重要な社会的価値となっている。

 どのような企業活動であれ社会的価値を創造しようとするならば、独創的であり自ら情報発信するなど積極的に社会との関わりをなくしては認められない。ただ、じっと待っていたり、地域や農業関連団体に依存しているだけでは実現できないものである。農業経営に独自性の高い理念を持ち、わかりやすいメッセージとして消費者や地域、社会に伝えていく必要があるのである。









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