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更新日:2008年2月7日(木)
ブラキストン線

第152回 新人会とセツルメント (粕谷一希・評論家)



「蠢く」カット:松井茂樹
社会科学の在り方  

 先月“埋蔵金・格差社会・セイフティネット”の3題噺を述べた。ところが、こうした現実に、今日の学問は有効に立ち向かっていない。経済学・経営学・エコノミストたちも、言うところは単純な情勢分析や局所的処方箋でしかない。行政学もお役人の侍女のように一般人にはよく見えない。政治学は面白い議論はあっても志向はバラバラだ。
 
 かつて社会政策学会なるものがあった。大河内一男の理論は、学会の最盛期のころだろうが、彼の“総資本対総労働”“労働者政策ではなく労働力政策”なる説は、キレイな体系ではあったが、およそ魂なき合理主義とでもいえるつまらないものであった。社会政策学会は消滅しかかっているという。

 それに代わって公共政策学会なる学問が流行のようであるが、私はその中身を知らない。その発想の形成過程を知らない。しかし、社会科学は局所的な技術学ではなく、社会思想との連関で、総合的な視野と発想をもつべきだし、実践的要請に応えるものでなくてはならない。
 フィールド・ワークという方法は、今日、人類学を越えて社会科学全域に取り入れられているようだが、具体的な問題に取り組み、今日の観客民主主義から脱却しなければなるまい。

 それにつけても思い出されるのは、大正期の新人会やセツルメントの運動である。ロシア革命の影響もあって、どちらも社会主義・共産主義に呑みこまれてしまうのだが、初期の学生たちの動機には、若々しい正義感と貧困階級、労働者階級の実態の中に入って問題と取り組もうという姿勢があったことを想起すべきだろう。
 
 大正期のデモクラシー(民本主義)が存在したおかげで、戦後日本は、占領軍の民主化政策を上からの押しつけとしてでなく、内発的な方向として考えることができた。
 新人会の出身者で、戦後の社会党の構成メンバーだった例は多いし、東大セツルメントは石島泰氏が再興している。こうした流れも戦後六十年の歳月の中で風化してしまったが、もう一度“若々しい正義感”が青年の間で蘇って欲しい。ヒキコモリとワケシリの白け世代からは、何も生まれない。
 
 今日、大学、高校の体育会系の話題がニュースになることが多いのは、スポーツには若々しい行動力と連帯感が生きているからであろう。それは時として野蛮への回帰(?)ともなるようだが、ハンカチ王子やハニカミ王子といった、新しいヒーローの誕生は、社会の潜在的願望を象徴しているように思う。

 正義や正義感も、プラトン以来の根本的な哲学の命題であるが、同時に今日の社会生活に日常的に現われている事柄である。ビジネスの世界も、こうした正義の範疇の外にあるものではない。“論語とそろばん”という諺もその辺の微妙なニュアンスを語っているし、A・スミスの“見えざる手”も自由の彼方に正義を見据えている。マルクスは裏返した正義感の復活である。

 共同体と市民社会の間で、さまざまな段階はあろうが、今日、流行の言葉でいえば“共生”はその気分を伝えている。









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