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更新日:2008年2月18日(月)
ぶらりしゃらり

第118回 ロシアより愛をこめて 



轡田隆史 エッセイスト



題字:筆者
写真:石井一弘(北方領土・貝殻島灯台)


 はかま満緒さん司会の長寿番組、NHKのFMラジオ放送「日曜喫茶室」(毎週日曜日12時15分から)の仲間に加えてもらっているおかげで、いろいろな縁が生じる。

 「喫茶室」には、画家、安野光雅さん、ドイツ文学の池内紀さん、フランス文学の荻野アンナさん、そしてぼく、という「ご常連」4人がいて、毎回、ゲストふたりを迎え、常連ひとりが持ち回りで加わって、おしゃべりと音楽を楽しもうという趣向である。ウエイトレス役の小泉裕美子さんが、本格的なコーヒーを供してくれるのもうれしい。

 さて、世界文学の金字塔、ゲーテの『ファースト』が、池内さんによる新訳(集英社文庫)によって、にわかに身近な存在になって久しいが、その次は、ドストエフスキーの名作『カラマーゾフの兄弟』が亀山郁夫さんの新訳によって、これまた身近になった。

 その亀山さんと、旧ソ連、ロシア通の大ジャーナリスト、小林和男さんがゲストで参加したとき、ロシアも何も知らないぼくは、おおいに冷や汗をかいたものだ。

 ところで「縁」といえば、『カラマーゾフの兄弟』に、ゲーテの『ファースト』は深い影響を与えているのである。
 さらに『ファースト』は、ドストエフスキーの影響を受け、旧ソ連の独裁者スターリン時代に生きた大作家ブルガーゴフの、奇想天外、抱腹絶倒の幻想小説『巨匠とマルガリータ』にも深くかかわっている。

 小説の巻頭句に『ファースト』から、「‥‥では結局のところ、おまえはいったい誰なんだ?/ ――私は常に悪を欲し常に善を成すあの力の一部です」という一節を引用しているくらいである。
 この作家について亀井さんは、『礫のロシア スターリンと芸術家たち』(岩波書店)という労作で詳しく論じている。

 つまり、この「喫茶室」のなかで、人のエニシも文学的なエニシも、深いところでつながっているのである。
 亀井さん、小林さんの話を聞きながら、ぼくはふと、わが「ロシア原体験」は何だろうと考えさせられた。

 すると、記憶の奥から立ちのぼってくるのは、やはりあの「ソ連参戦」のときのことだった.「大日本帝国」はすでに刀折れ、矢尽きて、完全な死に体となっていたとき、にわかにソ連は「対日宣戦」を布告して攻めてきたのである.昭和20年(1945)年8月8日のことだった。
 まだ小学生だったぼくにとっても、それは「キタネエ!」行為であり、ショックであった.大人たちは、もう憤る気力もないようだった。

 さらにのち、スターリンが、「あれは日露戦争の復習である」と語ったと知って、あきれかえったものだった。
 さらにまた、参戦の直前、日本政府はソ連に対して、和平の斡旋を頼んで無視されていたというのだから、政府の愚かさにあいた口もふさがらなかった。

 そんな歴史のあれこれそのものが、ドストエフスキー的な奇怪さであり、滑稽さであるような気がしてならない。
 『カラマーゾフの兄弟』の邦訳は、亀井さんので14番目ぐらいらしいが、いくつもの旧訳の荘重さに比べて、明るく、しかもユーモラスな部分の輝きが印象的である.だからこそ悲劇性も際立つのである。




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