更新日:2008年2月19日(火)
続・柏艪舎の香り風
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柏艪舎が、そしてインターカレッジ札幌が今日あるのは、言うまでもなく、多くの方々の”お気持ち”があったればこそだ。そういった方々の精神的、物理的支援がどれほど心強かったか、言葉では言い表わせない。 そのなかのお一人が、北海道が生んだ名翻訳家の石田善彦氏である。石田氏は、昨年十月に六十二歳の若さで鬼籍に入られた。すべての事象は生まれ滅していくとは言え、残念でならない。 ”柏艪舎の香り風”も同様である。編集主幹の大沼芳徳氏のご好意で二年余に渡り『しゃりばり』に掲載させていただいた。 弱小の身である柏艪舎にとってどれほど晴れがましい舞台であったことか。拙稿をお読みくださった皆様感謝いたします。大沼さん、ありがとうございました。 衷心よりの感謝の気持ちを込めて、石田氏の最後の翻訳作品『暗殺者の顔』(柏艪舎刊)の”あとがきにかえて”をここに記し、お別れの辞とさせていただきたい。 |
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| あとがきにかえて 石田善彦さんにはほんとうにお世話になった。この十年余りを振り返ると、ますますその思いが強くなる。 一九九五年三月、神奈川県逗子に五十年ほど住んでいた私は、何を思ったか、北の国札幌で翻訳家養成校、インターカレッジ札幌を立ち上げた。北海道に住もうと決心したことと、当時、翻訳家養成校の”北限”は仙台だったからだ。 翻訳家養成校は東京地域に集中している。なぜなら出版社の大部分が東京にあるからで、翻訳家――特にその卵たち――にとっては、出版社の近くにいたほうが何かと安心できるのだ。 誰もが無謀なことは止めなさいと忠告してくれたが、北海道に住みたい一心の私は耳を貸さなかった。しかし私の心の中では絶対にうまくいくだろうという確信があった。その確信の核にあったのが、石田さんの存在である。 札幌出身の石田さんは、当時、神奈川県の家を引き払って札幌に戻られていた。新潮社の編集者から石田さんの電話番号を教えてもらい、ある日、意を決して石田さんのお宅に電話をかけた。そして、グランドホテルの喫茶店で会う運びとなったのである。 翻訳家養成校の話を恐る恐る持ち出すと、案に相違して石田さんはあっさりと講師の職を引き受けてくださった。私にしてみれば、そしてインターカレッジ札幌にしてみれば、あの時の石田さんの快諾がなければ、今日という日は存在していないのだ。 石田さんの楽しくにぎやかな授業が始まった。音楽好き、映画好きの石田さんらしく、歌詞や脚本を翻訳することもあったようだ。生徒たちも石田”先生”―石田さんは決して自分を先生と呼ばせなかった―を慕い、そのクラスは途切れることなく何年も続いた。紛れもなく、インターカレッジ札幌が今日あるのは、石田さんのおかげなのである。 しかしながら、好事魔多し、その石田さんを病魔が襲った。胃癌のほうは見事に克服されたが、とりわけ後年は激しい躁鬱病に苦しまれた。 そのような状況にあるにもかかわらず、石田さんは弊社柏艪舎で出版する本書の訳出を引き受けてくださった。デイヴィッド・リンジーの作品は、私自身何冊か翻訳させていただいたが、大変な難物である。躁鬱のはざまで懸命に訳出に傾注されている石田さんの姿が目に浮かぶようだ。その姿はときに、涙でくもって見えなくなってしまう。 そんなある日、石田さんがひょっこり弊社のほうへ姿を見せられた。久しぶりに見る石田さんはやはりやつれがひどいようにお見受けしたが、いつもと同じように意気軒昂で、こうおっしゃるのだ−−自分はめったに作品をほめないが、これ(本書)はいい、すごいミステリーですよ、と。 そしてなんと、それから一週間ほどで石田さんはこの世を去ってしまった。石田さんのお嬢さんから訃報を聞いたときの驚きといったらない。まさに腰が抜けるほど仰天した。 後でわかったことだが、本書の訳出はほんのわずかだがまだ完了していなかった。さらに、まずざっと訳して推敲を重ねるという石田さんの仕事ぶりのせいか、あるいは病気の苦しさに耐えかねてか、ところどころ?マークが付いていたり、抜けている部分もあった。 それらを不肖私が埋めさせていただいた。山本さん、そこは違うんじゃないかな、と言う石田さんの穏やかな声が聞こえてくるような気がする。今の気がかりは、せっかくの石田さんの名調子を私がだめにしてしまったのではないかということだ。その場合は、石田さん、そして読者の皆さん、ほんとうにごめんなさい。 石田さんが亡くなってから約一年。思い出はまだ日々新たによみがえってくる。ただただ、ご苦労さまでしたとしか言葉がない。そして、読者の皆様には、心ゆくまで名翻訳家石田善彦氏の文章を楽しんでいただきたい。 享年六十二歳、石田善彦氏の冥福を祈ります。 二〇〇七年十二月 (株)柏艪舎 代表取締役 山本 光伸 注:インターカレッジ札幌は一九九六年に設立(代表 山本光伸)。二〇〇二年に設立された出版社、(株)柏艪舎が学校事業部としてインターカレッジ札幌を吸収、今日に至る。 |
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