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更新日:2008年1月9日(水)
ぶらりしゃらり

第117回 天にもとどく憤り発して



轡田隆史 エッセイスト




題字:筆者
写真:石井一弘(札幌市南区の推定樹齢700年のカツラ)


 スックと天をめざしてそびえる、美しい杉の木に抱きつきながら、ぼくの憤りもまた天にも届かんばかりに沸騰していた。
 山梨県の南アルプスの谷奥の人工林の杉林を、林業の専門家に案内してもらったとき、あまりに立派な、堂々たる杉の木に出会ったときのことである。

 抱きついたら手が届かない太さで、樹齢100年であるという。ご先祖さまが100年前に植林した杉苗がここまで育ったのだ。
 「これを伐採して売ったら、どれほどの値段になるんですか?」と質問したら、驚くべき答えが返ってきた。「所有者のモウケは、そうですね500円といったあたりでしょうね」というのである。

 100年かけて育てた杉のモウケがたったの500円! 「エッ」と絶句するぼくに説明はさらに追い打ちをかけてきた。
 「でもね、伐採はしませんよ。500円どころか、運賃やら伐採の費用やらで、結局は1銭にもならず、せいぜい赤字を残すぐらいですからね。このまま放置しておくのです。なまじ伐採すると、その跡地の手入れをしなければならないけれど、この土地に残っている人手は、80歳を超えた老人ばかり。何もできません」

 すると山はどうなるんですか? 「間伐、いわゆる間引きもできないから、ごらんのように下草や広葉樹も生い茂って、森の中に日がささない、昼なお暗い森になっています。強い雨が降るたびに表土は流されて、杉の根が露出して傷んでしまう。人工林はあるけれど、林業は死に体なんです」

 「地球の温暖化を防ぐために森を守ろうと都会の人びとはいうけれど、実際に森を守るのは山に暮らすわれわれなんです。ところが林業ではもはや食っていけない」
 都会のわれわれは、すぐに森林の「癒し」だなんていうけれど、森林は見るだけの観光資源ではないのである。外から眺めれば、なるほど、おちたとはいえ日本列島はまだまだ緑豊かである。ただしそれは「見た目」であって、一歩、その中に足を踏み入れると、美しい森林の多くは死にかかっているのだ。

 値段の安い輸入木材に依存して、日本の林業は死にかかっているのである。しかも輸入木材のかなりは「違法伐採」による森林破壊のタマモノなのである。

 老いた父親が山を息子に譲ろうとしても、とうに都会に出て働いている息子たちは、赤字にしかならない、そんな邪魔ものはいらないよ、といってもらおうとはしない。
 やがて、自分の山がどこからどこまでなのか、わからなくなってしまった例も出ているそうである。

 「環境サミット」なるものが、森林が死に体状態になっている日本で開かれるのは、何という皮肉だろうか。

 もちろん全国各地には、林業の再興を志して奮闘している林業家もいて、感動的な仕事を創造しているけれど、「林業無策」のなかでの孤独な戦いなのである。
 森林と稲作は日本列島の歴史であり本質であるのに、森林では食えないし、稲作でも食えなくなっているのである。はや「亡国」のきざしは顕著である。

 イギリスのノーベル文学賞の詩人、T・S・エリオットの詩『荒れ地』ではないが、いまや日本列島は1年12ヶ月をつうじて「残酷な季節」ばかりの「荒れ地」なのである。




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