更新日:2007年12月20日(木)
続・柏艪舎の香り風
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まずはこちらの絵を見ていただきたい。 これは大阪府にある川口基督教会だ。 原画はA3サイズの画用紙に描かれ、レンガ一つの大きさは縦0.8mm、横3〜4mm。数百個、あるいは千個以上あるこのレンガにはすべて外枠がなく、しかも別個に塗りつぶされている。初めてこの絵を見たときは、まさに声を失った。画家の島口暉生氏は、これらのレンガを何度も塗り重ねるという気の遠くなるような作業の結果、右手の指が絵筆を握った形のまま動かなくなり、少し動かすだけで激痛が走るようになった。リハビリに通い、ようやく最近痛みだけはとれたという。 |
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| さて、今回担当することになった書籍は、島口暉生作『画と歌とエッセイでつづる 浪漫地詩図夢(ロマンチシズム)作品集 西洋建築慕情』だ。以前北海道新聞に、「西洋建築めぐり」という絵つきのエッセイを連載していたので、ご存知の方もいらっしゃることだろう。 本書『西洋建築慕情』は道新に掲載されていた絵とエッセイの他、日本の近代西洋建築画百点以上、そして島口氏が札幌・横浜などの七つの街を抒情豊かに歌い上げた歌詞と楽譜からなる作品集だ。タイトルにある「浪漫地詩図夢」は、西洋建築に寄せる熱い想いとして、「浪漫の地の詩(文・うた)、図(画・地図)、そして夢」を意味する氏の造語である。 9月末に編集作業が始まった時点で、絵はほぼ完成していた。そこで島口氏がこだわったのはエッセイだ。例えば、道新の連載で豊平館が紹介されたのだが、これは1958年、市民会館建設にともない中央区大通西1丁目から現在の中島公園へ移築された。 ところが連載終了後に市民会館は取り壊され、移築されることになった。〈だからこれを機に、豊平館を元の場所へ移してはどうか〉、というようなちょっとした後日談を、道新連載分の大半に加筆しているのだ。 そんな中、加筆が連載時の本文よりもはるかに長くなってしまったページがあった。建物名は〈旧札幌警察署 南一条派出所〉。連載では、島口氏の祖父が創業した馬具製造卸商・島口商店が、派出所と同じく創成橋の近辺にあったとだけ書かれていた。 しかし今回の追加文は、〈島口商店は、後に株式会社となり後世まで続いた最古最大の馬具商……(中略)……三代目=父=が輸出用馬具製造会社として札幌に作った「オリエント・レザー社」は現在、北海道ブランドの代表の一つ、「SOMES」のブランドで馬具のほかバッグなどの皮製品を製造、全国の有名百貨店で販売している。 巷間伝わっている“歌志内の人が歌志内に作った会社”というのは誤りであり、父が代表取締役会長となって工場を歌志内に設けた札幌の会社である。〉というかなりの長文だ。 正直言って、最初に読んだときにはここまで島口商店にこだわる理由がわからなかった。自慢話に読めなくもない。しかしそれは間違いだった。 本書の最後の原稿は、文字通り〈あとがき〉だった。そこで語られていたのは、島口氏が父の後を継ぐべく入社したものの、他の社員との確執があり、四十歳にして独立。しかしその後、父が急死したという事実だった。また、島口氏の会社も、社員の不正や下請け先の背信行為などで倒産してしまったという。自慢話でもなんでもない、重い話だ。 そんな時、氏は友人から「知命」という言葉を聞いた。五十歳は「知命」の年、天命を知るという意味らしい。 冒頭の絵ではサイズが小さくわかりづらいが、氏の絵はコンパスも定規も使っていない。だから、建築の立面図のように緻密でありながら無機的ではなく、手書きの線が懐かしさと温かみを感じさせる。そのようなこだわりが、島口商店の馬具作りに一脈通じると感じ、氏は絵に一生を捧げることにした。 当然家族は反対した。ちょうどバブルが弾けた時代だったため、スポンサーも見つからない。それでも氏はあきらめることなく、札幌・小樽・函館を皮切りに日本列島を車で駆け巡り、約一ヶ月で計六十棟の建物を、千五百枚の写真に収めた。そして札幌の丸善からスタートした原画展は全国二十ヶ所以上に広がり、やがてその活動が道新の連載へと結びつき、今回の出版にいたったのだ。 自分の好きなことをして生計を立てる厳しさは、島口氏に比べればまだヒヨッコの自分にもよくわかる。しかし、数々の困難や苦労を乗り越えてその道を選んだことは、本当に敬意に値することだ。初めて原画を見せていただいたときには、その絵のすごさを感じた。けれども本当に驚くべきことは、氏の生き方なのだろう。 私が以前担当した『見えた 笑った 難民にメガネを 金井昭雄物語』の金井昭雄氏は、難民ボランティアに従事して国連ナンセン難民賞を受賞するなど、世界が認めている人物だ。札幌に本社を置く株式会社富士メガネ会長として、日本でもその名は広く知られている。 しかしその一方で島口氏のように、もっと世間に知ってもらいたいという人物が、私の周りに大勢埋もれているはずだ。一人でも多くの読者にこうした方々を紹介することはもちろん、自分なりに何かを学ぶことができれば、編集者としてこれほど幸せなことはない。 いよいよ2008年。来年もまた、読者の方々にすばらしい出会いがあることを祈っている。 |
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