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更新日:2007年11月20日(火)
続・柏艪舎の香り風

第24回 大人が「子どもの心」を持ち続けることの重要性とは



山本恭平 柏艪舎・編集部

 初めてお宅に挨拶に伺ったときの三好先生の第一印象は、今でもよく憶えている。
 「ああ、どうも初めまして。わざわざご苦労様です。そちらへお座りください」
 にこにこのえびす顔にゆったりとした丁寧な喋り方で、ちょっと笑ってしまうほどに好々爺という言葉がぴったりと当てはまる。初対面の緊張が、瞬く間に氷解していくのを感じた。
 
 先月下旬に出版された柏艪舎の新刊『子どもの心の育て方』は、どの点に注意をすれば子どもは健やかに育つのかを説明した育児教育書である。 著者である三好邦雄(みよしくにお)氏は、神奈川県葉山町の「すこやか子どもクリニック」の院長を務め、過去には『失速するよい子たち』(主婦と友社/角川文庫)という累計十万部を超えるベストセラーも生み出している。キャリア40年以上のベテラン小児科医の語り口はユーモラスにしてわかりやすく、育児に不安や悩みを抱える親御さんに相応しい本と言えるのではないだろうか。
 
 これまでに柏艪舎からは、『小さな詩、大きな力』や『男に残念ながら子育てはできません』など、何冊か育児教育関連の本を出版してきたが、私自身が編集担当をするのは初めてだった。育児について何も知らないなあ、と呆れられはしないかとビクビクしていたのだが、この日の会話でそんな悩みも吹き飛んだ。
 さらには、「私の文章は読みにくいから、校正は大変でしょうけど、頑張っていい本を作りましょうね」とまで言っていただいた。まだひよっ子の編集者である私への励ましであるのは明らかだったが、その言葉にどれほど勇気づけられたことか。

 さて、本書の制作で最初に取り掛かった作業は、原稿内容のチェックである。正直に言うと、チェックを入れるところが多いと気まずいので、ほとんど完成形でありますようにと祈りつつ読み始めた。心配は杞憂に終わった。面白い。
 語りかけてくるような三好先生の文体は、育児に関してまったくの素人である私でも楽しく読めて、学ぶことのできるものだった。ただ、一つだけ気になることがあった。それは、ほぼ全編に渡って、映画「男はつらいよ」の寅さんが登場してくることである。
 
 この本の主な読者層は、二十代後半から三十代後半のお母さんになる。その場合、寅さんがメインで進んでいく構成はどのように捉えられるだろうか。周りにいるその世代の女性たちに寅さんについて聞いてみたところ、名前だけは知っているけれども、作品を観たことはないという答えがほとんどだった。これはまずい。このままでは、読者層をかなり小さく限定することになるかもしれない。せっかくの原稿がそれではもったいない。
 
 寅さんの出番は大幅に減らし、終わりの一章にまとめたほうがよいのでは、というのが編集部の考えだ。しかし、聞くところによると、三好先生は全ての寅さん作品を観ている筋金入りのファンらしい。もしかしたら、こちらの提案に気分を害して、出版の話が流れてしまわないか。そんな不安もよぎったが、意を決して伝えることにした。
 すると、「ああ、いいですよ。おっしゃるとおりにしましょう」とにこにこ顔での返事。さらに、カバーや挿絵として、先生の似顔絵をデフォルメしたイラストを考えているのですが? という提案にも、ハッハッハと笑って即オーケー。そのあっけらかんとした反応には、ベストセラー作家としての気取りなど微塵も感じられず、先生の器の大きさを実感させられることとなった。
 
 その後、いくどかの原稿のやり取りを経て、印刷所への入稿も無事完了。あとは出来上がりを待つのみとなった10月最初の週、私は東京・神奈川の書店まわりをしていた。いつもその地域の営業を受け持っている社員が、急病で入院してしまったため、営業経験のある私がピンチヒッターに選ばれたのだ。久し振りの書店営業とあって、じゃっかんの緊張もあったが、自分の担当した本を直接自分で紹介できることは嬉しかった。
 
 過去の実績がある三好先生の名前は、育児教育書担当の書店員に受けがよく、営業はすこぶる順調に進んだ。特に、診療所の近所にある書店では、どーんと二十冊の注文に加えて、発売したらポップをずらっと並べて大々的に売りましょう、とも。営業をしていて良かったと思える、数少ない瞬間であった。
 
 無事に入稿完了したことを祝おうと、三好先生と二人で横浜中華街へ行き、祝杯をあげることになった。先生はその日、午前中に診療をして、午後には講習会を終えてきたというのに、まったく疲れた様子もなく、料理をもりもり食べている。本当に70歳過ぎの老人なのか(失礼!)と疑いたくなるようなエネルギーだ。
 食事中に、近所の書店が本を並べて売ってくれるそうですよ、と伝えると先生は、「いやあ、恥ずかしくってその書店には顔を出せないなあ」と顔を真っ赤にして目を細めている。そんな、しわくちゃの赤ん坊のような顔をされては、逆にこっちが照れてしまう。現在、小児科医の数は年々減りつつあり、深刻な問題になっていると聞くが、やはり子どもと長く接していくため、そしていつまでも若々しくあるためには、どれだけ大人になっても「子どもの心」を持ち続ける必要があるということに気づかされた。
 
 10月17日、印刷所から本の見本が届いた。ちょっと派手すぎたように思えたカバーもいい感じの色合いになっている。中身にもミスは見当たらず、そっと胸を撫で下ろした。
 同日に三好先生の診療所にも届き、電話がかかってきた。「綺麗な本を作ってくれてありがとう、次はこれを売る努力をしなければなりませんね。私も講演活動をした際には、チラシを回して宣伝をするようにします」
 先生のおっしゃるとおりだ。本が出来上がるとついつい気が緩んで、売ることは営業部に任せてしまいがちだが、担当者が先頭に立って営業戦略を考えていかねば。三好先生には最後まで教えられっぱなしだった。
 本書あとがきで先生は、「これで本を書く仕事の輪が完結した」と書かれていたが、いやいや、とても信じられない。何年後かには、「子どもの成長についてたいへん興味深い発見があったので、原稿にまとめてみました」とか言っているに違いないのだ。私もその時までには、失った「子どもの心」を取り戻しておきますので、是非またいっしょに本を作りましょう!









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