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更新日:2007年11月20日(火)
書評 〜新刊のご紹介〜

『ペカムペ日誌 ヒシの実』(河野本道著:北海道出版企画センター刊行)



河野本道著:北海道出版企画センター刊行・07年9月刊・2300円+税

「水辺に浮かぶ妖精」の波紋    
 どのような書籍であれ一冊の新刊が読者の手に渡った後の波紋は、いろいろな形を描く。本稿も同書の刊行に触発された小さな波紋の一つだろうが、読む人にとってその形はどのようなものに見えるか。
 「ヒシ」と聞いて、その形状を思い浮かべることができる人は、どれくらいいるだろうか。植物分類学では、種子植物(門)、被子植物、双子葉植物‥‥ときて、ヒシ科、ヒシ属、オニビシ種‥‥となる。水草の仲間で、遠い昔にはヒシの実が食物や薬になっていたことがアイヌ文化に関心のある人たち微かに伝えられている程度と同書にある。

 著者は、1939年の札幌生まれの文化人類学者、河野本道氏。この新著は、この「ヒシ」から北海道のこと、人類の現在の姿、そして未来への行動などについて語りかける。須田照生氏による装幀は上質の雰囲気を醸し出している。学術書的ながらも一人でもこの植物に関心をもってもらいたいという願いと、自然と人間の関係を「共生」などと簡単に括ってもらっては困るという筆者の気持ちが表紙カバーデザインににじみ出ている。

 このヒシ、「水辺に浮かぶ妖精」とステキな別称をもらってはいるが、筆者も認める地味な植物である。「ハスやスイレンの花を愛でても、ひっそりと命短く咲くヒシの花を愛する者などめったにいない」(7頁)と覚悟の上での観察日記は、04年4月に始まり、07年5月まで160頁弱の本書の100頁を超える分量になる。

 ヒシに魅入られた人のありようが興味深い。ただし、家庭で育てる詳細な観察日記は、人によってはいささか読み続けるのに苦痛をともなうかもしれない。むしろ、こうした地味な植物の盛衰から、自然界、人間界の将来をうかがうには面白い。しかも、こうした書籍が北海道の出版社から出されること自体、北海道の文化度のメルクマールに違いない。

環境と人間の関係を写しだせるか

 一読して筆者の思いを受け止める人たちが、どの程度いて、そこからこの話題について伝播させるだけの行動をとるだろうかということであった。というのもこうした伝統的な植物の再生を通して社会に働きかけていた人のことを思い出したからだ。
 「地球環境と葵」を掲げて京都議定書と京都の賀茂神社の神紋が葵であることなどをつなげ、フタバ葵の復活を呼びかける国際的に活躍する中野有(たもつ)氏の存在である。氏は、徳川の葵のご紋が、京都上賀茂神社のフタバ葵が起源であることから、東洋的な京都を象徴する葵を地球環境問題のメッセージにしたい旨を京都サミットも睨んで数年前から提案していた。

 しかし、サミットは京都ではなく北海道の洞爺湖が会場になった今、北海道は「ヒシ」で自然環境を訴えることだって、中野氏のような発想をもっている人たちならば思いつくに違いない。本書の刊行がそうした可能性を孕むかどうかは、読者の反応次第だろうが、まずは「ヒシ」そのものを同書から解説すると次のようになる。

 筆者も認める「水辺の雑草」は、釣りやボート漕ぎにとっては、邪魔物扱いで、花は小さくて目立たず一日花となれば、人の関心を得るのは難しい。「ヒシ」について普通の国語辞典では「一年生の植物。池・沼に自生し、夏、4弁の白い小花を開く。実を食用とする」程度の説明である。

 本書はカラー図版も取り入れられ、「ああ、あれか」という人も多いだろうが、写真頁にサイズの表示がないので、はじめての人にとっては、実際の大きさについてのイメージを持ちにくい。「果実(核果)」については、「その大きさは縦横数センチメートルで、形をみると胸部に乳房状突起が一対付いていて両腕(上位突起)を左右に伸ばした女人形を呈している。私はこの核果の形態が女人形をしているので大いに魅せられた」(4頁+帯)とあるので、ある程度は想像できる。あるいは「越後沼第2号の核果は全幅3.6p×葉柄を含む高さ3.4pまで生長」(95頁)あたりでもう少し鮮明になる。

 筆者にすれば、当然すぎるほどのことで書くに及ばないことだったろうが、入門者には伝わりにくい。あるいは本書を手にする人たちにそうした初級者はいないことが前提だったかもしれない。‥‥と書いた後で本書31頁に原寸と但し書きのあるヒシのスケッチのあることを知った。2刷の機会にカラー写真の頁などにこのことを記してもらいたい。

 ともあれ、文化人類学者による観察日記は、「ヒシ」に魅入られた人に限らず生き物を観察するということは、このように微に入り細をうがつことなのだ、ということを教えてくれる。さらに家族との交流も微笑ましい。「06.05.26(金):札幌/晴のち曇(中略)2歳の誕生日を迎えた三女三美の子奏美が、筆者のヒシを観察しているところにやって来て」の件などは、孫との微笑ましい風景だ。

 155頁には「研究上の諸作業」が、15項目挙げられている。本書の成り立ちの骨格だ。「環境・成長過程等の観察・記録(現地観察:虫害等の観察・写真撮影等を含む)」に始まって「論文・報告の作成」にいたる。
 本書がいずれ環境を考える際のマイルストーンになる日も来るだろうが、ヒシと同様に当分は知る人ぞ知る一書という存在がかえって読者を喜ばす存在かも知れない。

<編集部注:書名のペカムペの「ム」は小文字です。文字化けの可能性があるため、小文字にしていません。>









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