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更新日:2007年12月20日(木)
新・若手しゃりばり人

第3回 若手版画家の意欲的活動



photo by SAORI MIURA
鳴海伸一 31歳・版画家  
        
◆登別生まれ、札幌育ちの若手リトグラフ作家。鳴海作品を取り扱う画廊も全国にあり、海外にも買い上げられている。31歳のホープである。

「和モダン」に惹かれる若者

 1976年生まれで父は登別で働く国鉄マン。その父の転勤で小学3年生の時に札幌市東区へ。国鉄の官舎のあるところだ。美香保中学、篠路中学、札幌工業高校と進み、建築を学ぶ。さらに道都短期大学建築科の専任講師だった内藤克人先生の授業を受けたくて入学。数ある大学の入学見学会に参加しての結論だった。この先生ご自身が、版画家と建築家の顔をお持ちであった。鳴海さんにとっては相談事に親身になってくれる理想的な師匠であった。その理由は、次のような事情に由来する。

 鳴海さんがもともと好きだったフランク・ロイド・ライト(1867〜1959:アメリカの建築家で帝国ホテルの設計者)は、浮世絵の収集家でもあった。建築家と版画というのはかなり近い関係にあるのだ。鳴海さんによれば、現代日本を代表する建築家の安藤忠雄氏が、プレゼンテーションの場でわざわざ版画を使ったことなどは、有名な話らしい。建築のイメージを伝えるために版画が相応しいということは、門外漢には新鮮な驚きである。しかも、それがコンピューター・グラフィックもめずらしくない時代に「手」の感触を残す表現技法を採用するあたり、簡便さを追求する時流に抗する人たちの気分も伝わってくる。

 鳴海さん、大学を出て社会人として勤めた設計事務所では、寺の建設を専門としていた。そうしたところを希望しての就職だったが、神社仏閣の建造物としての魅力に惹かれてのことでもあった。かなり年季の入った「和」の世界好きの若者ということができる。現代風の「和」を、和モダンとも言うそうだが、茶廊法邑を設計した建築家・中山眞琴氏などはそのトップランナーだろう。

 「和」大好き志向は、昭和30年代の札幌を中心に道内で活躍していた方々への関心にもつながる。それは、ライトの帝国ホテル建設事務所に20歳で入所した田上義也(1899〜1991)が、北海道にやってきて多くの建築物を残していることとも関連するに違いない。田上という建築家、北海道にやってきて(1923)、7年後の1930年には、北海道大学文武会オーケストラ指揮、さらに8年後には札幌交響楽団を創立・指揮をとる、といった活躍ぶりだ。その間に多くの人たちとの交流があるが、鳴海さんは田上に設計してもらった方々からの声を拾って歩いてもいる。

 この点でも鳴海さんの関心は多方面に広がっているが、そのようなエネルギッシュな活動と思索は、一転してリトグラフという高度の集中力を必要とする技法の版画に向かう。
 和紙などにも摺られたその作品は、抽象の世界だ。生まれた登別のあるホテルには50数点、やはり登別の学校施設にも3組(6点)収められている。生まれた登別のあるホテルには50数点、やはり登別の学校施設にも3組(6点)収められている。
 銀座の鳴海作品を取り扱う画廊では、外国人の客が多いこともあって、購入された作品が世界に飛んでいっている。それを実感させる話の一つに、自分はすでに鳴海作品を所蔵しているが、アメリカから博物館に収納するのでさらに作品を送れ! というオファーのことなどがある。

アーティストの社会参加

 このようなことが、30歳に満たない作家の身辺で起きているのだ。目指すのは、純粋芸術と言われるファイン・アートと現代芸術の融合、というよりも両者がまだ分化してしていない根源的な段階のアートだ。そこには「版画」と「写真」が共存する空間があり、芸術家として社会に参加できるポジションもあると見込んでいる。アーティストとしての知識や技術などの職能をもって経済、社会の種になることができるはず、という思いは強い。

 そう考えると鳴海さんの活動範囲の広いことにも合点がいく。活動の航跡には、昨年の「写真と版画の共生 鳴海伸一ピエゾグラフ ピンホール写真展」(札幌)、今春の「茶廊法邑」での自分の個展オープニング・パーティ・ライブもある。これは、国内屈指の電子音楽家の中坪淳彦さん、映像クリエーターの中井明仁さん、金属造形家の藤沢レオさん、そして鳴海さんの作品によるライブだった。ほぼ同世代の芸術家たちによるこうした活動も、鳴海さんにとっての「社会参加」の一つなのだろう。

 きっとそれは、鳴海さんがあこがれる昭和30年代に札幌を中心にして繰り広げられた文人たちの活動にも共通するムーブメントに近いだろう。ちなみにその頃の北海道は、北海道知事に田中敏文3選(30年)、NHK札幌放送局のテレビ開局(31年)、原田康子『晩夏』で女流文学賞受賞(32年)、北海道大博覧会を札幌・小樽で開催(33年)、札幌市とポートランド市姉妹提携(34年)、夕張地区を中心に全道に小児まひが多発(35年)、札幌市民交響楽団結成(36年)、旭川・函館に国立工業高等専門学校設置(37年)、大鵬、初の6場所連続優勝(38年)、三浦綾子『氷点』1位入選(39年)といった出来事のあった10年である。

 その時代に田上がいて、詩人・更科源蔵がいて、画家・坂本直行がいて、彫刻家・本郷新がいて、北海道銀行頭取・島本融がいて‥‥と鳴海さんの頭の中はセピア色から『総天然色』の時代になっていくのだろう。そのような若手がこの北海道で活躍しはじめている。行動半径の大きさは、東京経由でものごとを考えるクセをもった大人たちを凌駕するようになっていくことを願っている。

 奥山清行というイタリアの名車フェラーリをデザインしてきた工業デザイナーが自分の生まれ故郷(山形)の特産品を世界に売り出すためのいろいろな活動を行っている。そのことは『フェラーリと鉄瓶』(PHP刊・07年)に詳しいが、グローバルな時代を実感させる話である。鳴海さんにも版画家として同様に活躍してほしいと期待するところだ。鳴海さんのホームページは
http://www7a.biglobe.ne.jp/~art-narumi/









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