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更新日:2007年11月20日(火)
特集

消滅、それとも拡大する東欧(上)



ハンガリー・サミット風景
家田 修  北海道大学スラブ研究センター教授
プロフィール:1953 年、愛知県生まれ、1977 年東京大学経済学部経済学科卒、1985 年東京大学大学院経済研究科博士課程単位取得退学、1987 年東京大学経済学博士号取得。広島大学経済学部助手、北海道大学スラブ研究センター助教授を経て、現在は同センター教授。専門:東欧経済史、ハンガリー近現代史

ハンガリー・サミット

 2006年9月8日、ハンガリーの国会議事堂で「ハンガリー・サミット」が開催された。そこに集まったのは「東欧」8カ国のハンガリー人政党の代表者、そして欧州議会に所属するハンガリー人議員だった。(写真参照)
 このサミットは正式には「カルパチア盆地ハンガリー議員フォーラム」という。8カ国というのはハンガリー及びハンガリーに隣接するスロヴァキア、ウクライナ、ルーマニア、セルビア、クロアチア、スロヴェニア、オーストリアの7カ国である。この7ヶ国には合計して300万人ほどのハンガリー系の少数民族が住んでおり、彼らは独自の政治団体を結成し、スロヴァキアやルーマニアなどではそれぞれの国の議会運営でキャスティングボードを握るなど、重要な政治勢力となっている。

 ハンガリー・サミット以外にも、ハンガリー人政党の代表が定期的に集まる「国際的な」催しとして「ハンガリー常設会議」というのもある。「東欧」と言っても西はオーストリアから東はウクライナまで代表が参加するので、国単位で考えればハンガリー・サミットは狭い意味での東欧を超えており、「拡大した東欧」の各国から代表が集まっていると言うことができるかもしれない。

 二つの「ハンガリー人国際組織」のうちハンガリー常設会議は東欧諸国が欧州連合(EU)に加盟する前から存在したが、ハンガリー・サミットは欧州議会議員を含むことからも明らかなように、EU加盟後に生まれた組織である。欧州加盟によってハンガリー人の「国際的」結束が高まっている。EUは国家という境界を越えて、共同して問題を解決していこうという枠組みであるが、その中で、ハンガリー人も国境を越え、ハンガリー人として結束し合っているのである。この情況をどのように理解したらよいのだろうか。国家が意味を持たなくなった代わりに民族的な繋がりが強くなっているのだろうか。

 以下では国境を越えたハンガリー人の動きを通して、東へ拡大する欧州統合と東欧の今を見てゆく。東欧は欧州統合の中に呑み込まれ、消滅するのか、それとも欧州統合をバネにして「拡大」するのか。

2001年国外ハンガリー人地位法

 2001年にハンガリー議会が制定した「国外ハンガリー人地位法」(以下地位法と略す)は国境を越えたというより、国境を跨いだハンガリー人の立法活動だった。
 実は、この立法をめぐって上記のハンガリー人政党、ハンガリー系少数民族を抱える国、そして欧州理事会や欧州議会を巻き込む大論争が起こっていたのである。まず論争を巻き起こした地位法の中味をみてゆこう。

 地位法はその立法趣旨によると、隣国に住む国外ハンガリー人を「ハンガリー国民」として統合することを目的として制定された。すなわち「国外ハンガリー人は統一的ハンガリー国民の一部を形成」し(立法前文)、「ハンガリー国民」としての文化的、社会的権利を有する。そしてその権利は国境に関係なくハンガリー国家が保障すべきである、というのである。この立法精神に則って、以下でまとめたような広範な「便益」(地位法ではこう表現された)を国外ハンガリー人に供与する条項が立法に盛り込まれた。

A 文化的便益
  公的文化施設利用、国家的表彰、国費奨学金申請等でハンガリー共和国の市民と同じ権利を持つ

B 教育的便益
 B−1)高等教育における特別の奨学金 、
 B−2)教員研修、
 B−3)大学分校設置
 B−4)ハンガリー語学校の生徒への就学手当給付と教材の無償給付

C 社会政策的便益
 C−1)無条件にハンガリーでの年間3ヶ月の就労が許可され、特別な場合は3ヶ月以上の就労も可能。
 C−2)社会厚生年金給付(ただし保険料支払義務あり)
 C−3) 無料医療給付(事前申請による認可)
 C−4) ハンガリーの公共交通機関優待利用(無料ないし割引の優遇措置)

D 公的報道への支援

E 国外ハンガリー人組織への支援

 支援対象
  1 言語、文化、伝統の継承・維持・発展・発掘に関わる活動
  2 人口維持
  3 農村観光事業の振興
  4 インフラ整備
以上である。

 公的文化施設利用のように、外国人一般に対しても保障されているような権利に始まって、文化財の保全、そして就学補助、無料医療給付、さらには少数民族地域のインフラ整備など社会政策的な色彩の強い施策にまで至る、極めて幅広い国外ハンガリー人の権利が認められている。
 これらの包括的な「便益」が他国に住むハンガリー系住民に保障されるというのは、確かに前代未聞である。仮に韓国ないし北朝鮮が日本国籍をとった韓国・朝鮮系の住民に対して上記のような法的便益を供与し、韓国国民ないし北朝鮮国民としての一体性を築こうとしたらと考えてみれば、どれほどこの立法のインパクトが大きかったのか、容易に実感できるのではないかと思う。

 ともあれハンガリー議会は隣国で少数民族として「恵まれない境涯にある」同胞を援助しようという主旨の立法をおこない、それが相手国の主権を侵害する行為、つまり内政干渉(域外的管轄権行使)にあたるとはつゆほどにも考えなかった。スロヴァキアやルーマニアが地位法に強く抗議したのは、まさにこの故であり、さらには「統一的ハンガリー国民」という表現に新たな領土修正の「野望」を感じたのである。これが地位法が巻き起こした第一番目の問題である。

 二つ目の問題は、誰がこの便益を享受できるのか、つまり誰が国外ハンガリー人かという問題である。地位法はこの点について次のように規定した。まず第一条で「ハンガリー人とはハンガリー人であると自己申告した者」と定めた。実に簡潔で明瞭なハンガリー人の定義である。
 しかし地位法にはもう一つの裏の規定とも言える条項があった。すなわち先に挙げた諸々の便益を受けるためには、「ハンガリー人証明書」を発行してもらう必要があると規定したのである。そしてその証明書は居住国のハンガリー人共同体を代表する、しかも「ハンガリー政府が公認する」団体によって発行される推薦書に基づいて交付される、と記されたのである。さらに問題を複雑にしたのは、ハンガリー政府公認団体がハンガリー人かどうかの認定をおこなう基準が、条文の中では何も定められなかったことである。

 地位法に代わって基準を定めたのはハンガリー常設会議だった。常設会議はハンガリー国家によって権威づけされたある種の「国際機関」と言ってよく、この会議が証明書発行、つまり事実上のハンガリー人認定の基準を定めたのである。それによると、

1 「自らをハンガリー人であると申告し」
2 かつ「ハンガリー語能力があり」
3 および「以下の条件のいずれかを満たす者」
  A「認可されたハンガリー人団体の正規会員」、
  B「教会文書がハンガリー人であることを明記」している、あるいは
  C「居住国においてハンガリー人として公的に認知」 された者がハンガリー人である。

 1と2の両方を満たすという要件は明瞭である。つまり本人が「自分はハンガリー人だ」と主張し、同時にハンガリー語を話すことができればよいのである。もっともこの第二の条件は地位法にはなかったものである。常設会議はハンガリー人であるための条件を一段高くした。
 しかし真に問題なのは第三の条件である。この条件の最初についた「および」という接続語は日本語の文脈では奇異に響くが、もともとのハンガリー語では必要条件とも十分条件とも受け取ることのできるあいまいな接続詞である。従って常設会議が制定した三つの条件は、結果として、明快な「ハンガリー人」の定義を打ち出すものにはならなかった。
 
 しかも第三条件が定めたABCの三項目は地位法第一条の本規定に示された個人主義に基づく定義とは正反対のものである。常設会議は「ハンガリー人とは誰か」の判定を現場の「ハンガリー政府公認団体」、つまり常設会議参加の各国ハンガリー人政党に委ねただけでなく、地縁・血縁という新たな認定基準を持ち込んだのである。

反ハンガリーの合唱と国内世論の支持

 以上で見た地位法は他国の領内においてその国民の社会文化生活、地域振興、帰属意識に大きな影響を与えるものであるとして、ハンガリー系住民を抱える隣国が強く反発した。しかも隣国政府にはハンガリー政府から地位法制定について何らの事前説明もなされなかった。隣国は第二次世界大戦期のハンガリーによる領土修正という経験をもち、「統一的なハンガリー国民」という地位法前文の文言をこの過去の記憶に重ね合わせたのだった。

 他方、EUが注目したのは、民族的な違いに基づく差別的財政支援政策だった。すなわちハンガリー少数民族だけを公的施策において優遇するのは、自由な競争という大原則に反するというのである。
 ハンガリー政府は以上のような批判に対して、地位法は領土修正主義とは全く無縁であることを繰り返し述べ、理解を求めたが、隣接諸国との摩擦は解消しなかった。EUに対しては原則と例外という論理で対抗し、もともと少数民族という不利な状況にある人々に、不利を補う「便益」を与えることは当然であると反論した。しかし当時ハンガリーはEUへの加盟交渉中であり、結局、ハンガリー政府はEU批判を受け入れ、差別条項を削除した。EUとの確執について、ハンガリー政府の交渉担当者は次のように総括した。

 「EUとの協議の中で、公正な競争原理を何にも増して尊重するようにとの要請が執拗に繰り返された。この点に関しては誤解があり、論争もあり、法理論的な意見交換を続けることも可能だった。つまり国外ハンガリー人が市民的本国において従事する事業、例えば局地的な地場産業に対して助成を与えることが、少数民族の自己保存にとって如何に不可欠な方策であるか、他方、そうした助 成がどの程度公正な競争原理に抵触するのか、という論点である。ここでは詳細にわたる説明はしないが、結局、事を穏便に済ませるため、営利組織が助成を受けると明示的に規定した条項を法律から削除することを受け入れた。」(下線は引用者による。また「市民的本国」は少数民族の居住地がある国のこと。)

 しかしハンガリー議会は削除した条項に代わって、同様の施策を曖昧な表現に化粧直しして別な条項に盛り込んだ。EUは反EU的な疑いの濃い地位法をEU加盟国に適用することを拒否した。このため既にEU加盟国だったオーストリアのハンガリー系住民は地位法の恩恵に浴すことができなくなった。
 さらに、ハンガリーはEUに加盟した暁には地位法を廃止せざるを得ないという苦境に立たされた。他方、隣国の中で150万人を越す最多数のハンガリー系少数民族を抱えるルーマニア政府は、地位法に国際法違反の疑いがあるとしてベニス委員会(後述)に提訴を行った。

 こうした一連の対外摩擦は当時の与党である青年民主同盟(通称フィデス)への批判に結びついたかというと、逆だった。対外的には四面楚歌のフィデスは国内で支持を広げたのである。東欧ではしばしばこの種の内外政力学が働く。

 1989年の東欧革命は社会主義政権を解体したが、その時に大きな原動力となったのは民主化への動きである以上に、ナショナリズムであった。あるいは新生の政治勢力はナショナリズムに訴えることで、容易に国民から広い支持を獲得できることを学んだ。ハンガリーの場合は最初の総選挙(1990年)で第一党となった民主フォーラムがナショナリズムと教会の権威を活用した。ハンガリーでは社会主義末期に隣国のルーマニアにおいてハンガリー人が民族的な抑圧を受けたとの想いを深くもっており、「国外ハンガリー人」問題を取り上げることはナショナリズムを高揚させるもっとも有効な手段だった。
 
 新生ハンガリーを象徴する1990年憲法に「国境の外に居住するハンガリー人の運命に対する責任感」という文言が挿入されているが、これはその一例である。時の首相アンタルは自分の政府を、国内人口1000万に国外ハンガリー人の「500万人」を上乗せして、「1500万人のハンガリー人の政府」であると公言した。1998年に政権についた青年民主同盟もナショナリズムを政治資源の根幹に据え、民主フォーラムと連立内閣を作った。こうした流れの中で制定されたのが「国外ハンガリー人地位法」だった。ハンガリー国民の多くが「外圧」に屈せず地位法を制定した青年民主同盟を支持したのである。
(筆者注・冒頭写真は「国外ハンガリー庁のHPより)









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