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更新日:2007年10月10日(水)
続・柏艪舎の香り風

第23回 『644の犬物語』



可知佳恵 柏艪舎・編集部

 ある日、動物と話ができるという女性がテレビに出ていた。彼女はある犬の飼い主を訪ねた。その犬は、毛の長い小型犬でとても愛くるしい目をしていたが、寝そべったまま、立ち上がることはおろか、首を持ち上げるのもやっとの様子だった。ある日突然立ち上がれなくなり、寝たきりになってしまったのだ。

 飼い主は何件も獣医をまわったが原因は全くわからなかった。餌を食べるのも、用を足すのもすべて面倒をみなくてはならない状態が何年も続いていた。家族たちはいつも犬を心配そうな眼差しで見つめ、犬は何か訴えたげな眼差しを向けていた。飼い主は、なぜその犬が動けなくなってしまったのか、そしてなぜ、寂しそうに、訴えるように自分たちを見上げて、何を言おうとしてるのかが知りたいと言った。

 動物と話せるという女性は、さっそくその寝たきりの犬と見つめあい、会話を始めた。立ち上がれなくなった原因は、散歩で行った公園にある段差を降りたときに、神経を痛めてしまったということだった。そして、自分が寝たきりになってから家族が笑わなくなったことを気に病んでいた。自分の世話が大変で、捨てられてしまうのではないかと不安に思っていたのだ。

 それを知った飼い主は、「捨てるわけはない。これからもずっと一緒に暮らしていこうね」と声をかけた。その言葉を聞いた犬は、今まで頭を持ち上げるのもやっとだったのに、前足だけで身体を持ち上げようとし、何度も倒れながら、尻尾を振って、必死に飼い主のほうへ這いずっていこうとした。
 犬の身体を心配して、動かなくていいよと飼い主が止めたが、それでも身体全体で喜びを表現し、懸命に飼い主の元へ行こうとする姿に涙を禁じえなかった。その後、動けなくなった原因がわかった犬は、少しずつリハビリをはじめ、家族にも笑顔が戻ったという。

 その番組に感動した私は、弊社の代表や同僚にこの話をした。みんな犬好きということもあって、すごく感動して、こういう話があったらもっと知りたいということになった。そこで、『犬の、ちょっといい話』という題で全国から原稿を募集し、一冊の本にまとめることにした。審査委員長は椎名誠氏にお願いし、ご快諾をいただいた。

 2007年1月から新聞などで原稿募集をかけはじめた。最初に応募されてきたのは、飼い犬の一生についてしみじみと書かれたものだった。最期に、ほとんど残っていない体力を振り絞って家族を呼ぶように吠えるところが、せつなくていい作品だった。それからぞくぞくと原稿が送られてきて、毎日、原稿に目を通すのが楽しみだった。ありとあらゆる犬にまつわる話を読ませていただいた。北海道から沖縄まで日本全国、そしてインターネットで募集を知ったという海外の方からも応募があり、総計644名の方が応募してくださった。
 
 644編の犬の話には、戦中、戦後から現代までのさまざまな犬と人間との関わりがあった。昭和中期の話で印象に残ったのは、犬と子供たちとの関わりだ。戦時中、中国へ渡り住み、終戦によって引き揚げがはじまって、中国に愛犬を置いてこなければならなかった少女の話や、戦後の復興の中で少年たちが野良犬と元気に走り回る姿などが、最近のペットブームとは対照的で新鮮に映った。

 野犬狩りの話や、ある日飼い犬がいなくなったと思ったら、夕食のカレーにめずらしく肉が入っていたという話も印象深かった。その頃の犬たちはかなり自由に放し飼いにされており、子どもたちのよい遊び相手となり、登下校時には子供たちを見守り、寂しい思いをしているときには慰めてくれていた。

 子どもたちを守るのが自分の仕事だととらえていたのだろうか。本書のカバーの写真は、『白い騎士、大和』という作品から使わせていただいた。この作品も、昭和後期、狩猟犬として育てられた大和と幼い姉妹の話である。姉妹だけで留守番をしている時に、姉が妹を一人にしてしまい、危うく外に出てしまいそうになった妹を大和が懸命に引き止めるくだりがすごくいい。犬の愛情と忠誠の深さに心を打たれた。

 現代の話で印象に残ったのは、犬たちが持つ不思議な力についてのエピソードだ。
 寝たきりの母親を介護する女性の手記では、飼い犬が介護の手伝いをするのだが、しゃべれない母親の言葉を理解して伝えたり、舐めているうちに動かなかった手が動くようになってきたという話があった。
 優秀賞をとった『生き返った息子』では、アトピーで喘息があり、しかも犬アレルギーの子供がいるにもかかわらず、大型犬を飼うことになり、犬と遊びたい一心からか子供のアレルギーが治ってしまったという話もあった。父親が風呂場でおぼれていることを庭から知らせたり、庭にできたがけ崩れの兆候を教えたり、犬は人間にははかり知れない力を秘めているのかもしれないと思わせるエピソードがたくさんあった。

 644編の作品はどれも愛情がこもっており、64編に絞るというのはなかなか大変な作業だった。応募締め切りに近づくにつれ一日に届く作品の数はどんどん増えていき、最終日にはいっぺんに158通の応募作品が届いた。しばらく犬の話≠テけになり、編集部数人で審査を続け、上位20作品から椎名誠先生に最終選考をしていただいた。どれが選ばれてもおかしくないと思っていたが、選評を読んでみるとなるほどとうなずける内容だった。

 最優秀賞には犬同士の愛情とそれを温かく見守る人間を描いた『もうすぐ会えるね』、優秀賞3編には、噛み癖のある犬とそれを貰い受けた飼い主との葛藤と理解を描いた『「ルー」がわが家にやってきた』、飼い犬と息子たちの話を軽快に描いた『ポチとコロと男の責任』、それに先ほどのアトピーの息子と犬の交流を描いた『生き返った息子』が選ばれた。そして、柏艪舎賞として、飼い犬と男の絆を描いた『天使になったリュウ』と、不仲に見えた祖母と犬の心の交流を描いた『コスモス』を選出させていただいた。

 10月26日に発売される本書は、犬と人間の交流史であり、愛情物語である。懐かしくなるような話、くすっと笑える話、ホロリとくる話など、64人の心に秘められた犬とのエピソードが詰まっている。みんな、自分の犬が一番! と思っているところがおもしろい。ぜひ、これを読んで「やっぱりうちの犬が一番!」と思っていただきたい。
 感想文コンテストも実施する。読者カードで寄せられた感想文を、本書の宣伝などに使用させていただく。採用者には3000円分の図書カードをプレゼントする。ぜひ、あなたの感動をお送りください。お待ちしています。









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