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更新日:2007年10月10日(水)
北海道 食思譚

第8回 プロピオン酸菌を利用した乳製品の開発



川上 誠 北海道立食品加工研究センター 畜産食品科長
               
 北海道は酪農地帯であり、多くの酪農家が良質の生乳を生産、出荷しています。酪農家が自己の生産する生乳を原料としてナチュラルチーズなどの加工品に取り組むというのはごく自然な考え方であり、北海道では他の地域にみられないほどフルミエタイプと呼ばれる酪農家や小規模事業者による個性的なナチュラルチーズの生産が数多く行われています。
 本稿では個性的な乳製品開発への取り組みのひとつとして、チーズ原料乳に含まれる有用な微生物とそこから分離されたプロピオン酸菌について紹介したいと思います。

チーズ製造に関与するメジャー微生物とマイナー微生物 

 まず、チーズ作りにはメジャー微生物とマイナー微生物が関与していることを知っていただきたいと思います。ナチュラルチーズを作る場合、乳酸菌を添加して乳酸発酵を行います。
もちろん乳酸菌を使用しないフレッシュタイプのチーズもありますが、これは例外的であり、一般的な発酵、熟成を伴うナチュラルチーズには乳酸菌が不可欠となっています。そしてチーズやヨーグルト製造に利用する乳酸菌などの微生物のことを発酵を開始するものとして「スターター」と呼んでいます。

 スターター乳酸菌はチーズ作りの基礎となる重要な微生物であり、添加される菌数も多量であり、一般的に1mlあたり10万〜100万個以上が添加されます。乳酸菌でなければ腐敗していると誤認されてもおかしくないほどの大量の菌数になります。このような圧倒的多数のスターター乳酸菌はメジャーな発酵微生物と言うことができます。スターターはチーズ製造の歴史の中で最適な微生物が選抜改良されてできたものと考えられます。ところで、チーズの味や風味を決定する微生物はスターターとして添加する多数派ばかりではなく、少数派の微生物も大きく関与していることが知られています。

 ここで、ナチュラルチーズの製造工程を考えましょう。原料乳は、65℃30分程度のいわゆる低温殺菌が施されます。チーズの製造では過加熱は禁物であり、加熱し過ぎにより牛乳のタンパク質等が変性すると良質のチーズはできなくなってしまいます。このため加熱殺菌も有害微生物を殺菌する必要最低限の条件で行われています。裏をかえせば殺菌によって原料乳に存在するすべての微生物を除去しているわけではなく、殺菌後にも残存する微生物が少なからず存在することになります。

 そしてこれらの中にはマイナー微生物としてチーズの熟成、風味作りに深く関与しているものが少なからずあるのです。同一のスターターを利用し同一の製法を行っても出来上がるチーズに個性がでることをよく経験します。

 ひとつには原料乳自体の成分による違いが起因するものと考えられますが、もうひとつの理由として原料乳の菌叢すなわち殺菌後に存在するマイナー微生物の影響が考えられてます。小さなチーズ工房が個性的な風味のナチュラルチーズ製品を製造できるのも原料乳等に由来する菌叢の違い、存在するマイナー微生物の影響によるものかも知れません。

チーズの異常発酵とプロピオン酸菌の分離

 チーズ製造工程の特徴のもうひとつはスターター乳酸菌の繁殖しやすい温度で作業を行うことにあります。裏を返せば乳酸菌だけではなくほかの微生物も繁殖する可能性があるということになります。通常多くの食品で殺菌後、微生物が繁殖しやすい温度帯をできるだけ早く通過させ保存性を高める努力をしているのとは対照的です。

 このため製造工程で衛生的に問題があったり、不適切な取り扱いを受けた場合、スターター乳酸菌以外の微生物による異常発酵が発生します。本来存在すべきでなかった微生物やマイナー微生物が多量に増殖することによって製品の品質が損なわれてしまいます。当センターでは中小の乳製品製造事業者、酪農家等から乳製品加工についての相談を受けて製造工程の改善などの支援を行っています。

 そして、そのような中で北海道内の生乳やチーズ中間製品からプロピオン酸菌が見つかりました。乳酸を作り出すのが乳酸菌だとすれば、プロピオン酸を作り出すのでプロピオン酸菌と呼ばれるものです。乳酸菌に比べて知名度は低いのですが、人や動物の表皮や腸管内に存在している微生物で、乳製品製造環境ではマイナーな微生物であるといえるでしょう。

 しかし、プロピオン酸菌についての有用性も報告されており、整腸作用、コレステロールの低減、ビタミンの産生などの機能性が知られています。私たちが分離したのはプロピオニバクテリウム・フライデンライヒと呼ばれるプロピオン酸菌の仲間で、これを利用した製品の開発を試みることとなりました。

プロピオン酸による乳製品開発

 分離されたプロピオン酸菌ですが次のような性質を示しました。まず、第一にこの菌は乳酸菌と同様に牛乳中の乳糖を分解して発酵する能力をもっていました。プロピオン酸菌の作り出す多量のプロピオン酸は時として不快なニオイとして取り扱われることが少なくありません。
 しかし、分離菌は好気的条件下でプロピオン酸ではなく乳酸を作り出すのです。このことは乳酸菌と同様にヨーグルトなどへの利用の可能性があることを示します。

 第二の特徴は、ブドウ糖や乳糖などよりも乳酸を炭素源として急速に増殖する性質をもつことです。つまりお砂糖類をエサとするより乳酸をエサとしてよく増えるということです。このことは乳酸菌との共生の可能性を示します。例えば乳酸菌によってあらかじめ牛乳中の乳糖を乳酸に変換しておくことでプロピオン酸菌がこれを利用して速やかに増殖するのです。

 第三にプロピオン酸菌の発酵物がビフィズス菌を増やす能力を持っていること、ビフィズス菌増殖性が確認されたことです。さらに、この菌がビフィズス菌のエサとなるオリゴ糖を炭素源として全く利用しないということも分かりました。このことはビフィズス菌を利用したヨーグルトの開発を考えた場合でもビフィズス菌との競争関係は生じず、むしろビフィズス菌を増やす方向に関与するということになります。

 以上の性質を基に各種発酵試験を実施し、分離されたプロピオン酸菌を乳酸菌とともに混合培養することによって、新規のヨーグルトが開発されました。さらに道内の企業に技術移転することによって実用化されています。

 ところでネズミとチーズが引き合いに出されることがよくあります。そして、ネズミがチーズの穴から顔を出しているような漫画を目にすることがあります。このチーズはアルペンタイプのエメンタールチーズと呼ばれるものなのですが、実はこのガスホール(チーズにあいた穴)こそプロピオン酸菌が嫌気的な条件下でプロピオン酸と炭酸ガスを発生させた結果の産物なのです。

 国内ではほとんど作られていないプロピオン酸菌利用のチーズ、これについても分離菌を用いた製品開発を検討しました。結果として、プロピオン酸菌をスターターとしてチーズに利用する場合、添加する菌数のバランスはメインの乳酸菌数の0.1〜0.01%と極めて微量でよいことが分かりました。

 逆に多量に添加すると異常なガス発生と強い有機酸のフレーバーを呈しチーズを台無しにしてしまうことも明らかになったのです。チーズの中に少数派として存在することにより特徴的なナッツ様フレーバーを付与するまさにマイナー微生物ということができると思います。

 現在プロピオン酸菌利用のナチュラルチーズの製品化に向けて道内数社が取り組んでいる段階にあります。このように分離されたプロピオン酸菌はメジャー微生物としてヨーグルトに、マイナー微生物としてチーズに利用できることが示されたのです。

 道内の中小業者が製造に利用するスターターの多くは現在欧州などからの輸入品に依存しています。しかし、北海道の乳素材、乳環境には今回分離したプロピオン酸菌のほか、乳酸菌などの利用できる有用な微生物が多数存在しているものと思われます。こうしたものを積極的に利用し、真に北海道のオリジナルな製品の開発ができればと思います。

川上誠(かわかみ まこと)
北海道出身。昭和60年弘前大学理学部化学科卒業、民間乳業会社を経て、平成4年食品加工研究センター勤務、現職に至る。 









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