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更新日:2007年8月20日(月)
特集

『世界潮流と10の選択ポイント』(寺島実郎〜3)



6.日本産業の天国と地獄

川上インフレと川下デフレの矛盾

 今、日本経済の現況を押さえておきます。
 企業物価指数に着目してみます。
 2000年=100とした2005年12月水準は、今世紀に入った5年間で、
・素材原料 158.9
・中間財  105.7
・最終財   91.7
 となっています。

 さらに今年5月には、
・素材原料 189.1
・中間財  114.3
・最終財   92.2(耐久消費財・79.4、非耐久消費財・103.4)です。
 このように、川上の産業と川下の産業では極端なまでのギャップが生じているのです。素材原料を扱っている企業は、過去にないほどのインフレを体験しています。何しろ7年間で9割も価格が上昇しているのです。それに比べ、消費者と直接結びついている小売業の場合は、2割も下がるというデフレを味わっています。

 たとえば家電機器について言えば、新製品を投入した時が一番のピークで、その後は競争に晒されて下落するのを最小限にするのに必死な状況です。これは、ドラッカーが言っている「競争」と「技術革新」が掛け合わさると物の価格というのは、劇的に下がるという典型例です。
 ここに日本経済の現状が集約的に表れています。川下のビジネスに関わる人にとっては、金利上げなど景気を減速させるだけのとんでもない政策だと受け止めるでしょう。反対に川上の産業は、この世の春を謳歌する状況です。これでは、どちらが日本経済の実態なのか判断も迷います。

景気拡大と生活実感のギャップ

 そこで、マスコミが報じる「いざなぎ超え」と言われる景気拡大と生活実感のギャップについて考えておきます。
 97年をピークとして06年の勤労者家計可処分所得は11%減(2000年からは7%減)になっています。収入の減少と公的負担の増大が理由です。今どき、右肩上がりの分配を続けている会社はなくなりましたし、年功序列型の終身雇用をするところもなくなりました。松下でさえ、PHP経営を止めました。

 公的負担が真綿で首を絞めるようにバラバラといろいろな局面で増えています。ですから、都市中間層(サラリーマン)の生活は劣化しています。
 可処分所得は、6年間で6.8%も減少しています。
・2000年 月額 47.3万円
・2006年 月額 44.1万円 
 一方、法人企業経常利益は98年を底として06年までに2.8倍増です(2000年からは1.8倍)。
 法人企業経常利益は、1990年38.1兆円でした。98年21.2兆円に落ち込みました。この間、旧い経営スタイルで分配を持ちこたえていました。日本企業の労働分配率は90年代に上昇していて、ピークは98年の70%でした。昨年は、それが62%にまで下がりました。それが、法人企業経常利益の06年58.4兆円という数字の背景です。

産業実態の急変

 では、何故、企業は労働分配を引き上げないのか? という疑問が生じます。
 そこには日本の産業実態の急変があります。経済のグローバル化の中で海外に依存する体質がビルトインされるようになって、上場企業の経常利益の6割は海外活動の成果で、国内の産業活動の相対的低迷があります。
 さらに国際収支構造の変化として、
05年 所得収支 11.4兆円  貿易収支 10.3兆円
06年 所得収支 13.7兆円  貿易収支  9.5兆円
とさらなる広がりが見込まれています。

 モノを作って売り上げた金額よりも金融に関する運用で得た金額の方が大きくなっているのです。これを称して、日本も「成熟した債権国家」へ移行した、という経済学者もいます。
 国の全体観からすると、従来の日本の生業はモノツクリで通商国家というイメージで考えますと、今までと違って金融資産の運用で稼ぐスタイルになってきているのです。額に汗してコツコツと働くという生業がウエイトとして低下してきています。
 その結果、従業員への分配率を高めようという考えを持ちにくい状況になっています。この構図を考えておきたいと思います。



7.年収200万円以下のワーキング・プア増大

労働人口の3分の1がワーキング・プア

 ワーキング・プアについて触れます。
 年収200万円以下で働く若者が爆発的に増えています。その一方で、レッドソックスに高額で移籍した松坂投手がいます。この二つの現象は繋がっているのです。
 雇用のグローバル化です。プロ野球というビジネスモデルが、日本の国境線で断ち切られているときは、一応、プロ野球選手も生涯年収では日本全体の分配体系のなかに収まっていました。ところが、国境線が破られた段階で余人をもって代え難い人材となったときには、韓国人でも台湾人でもグローバルな市場のなかで一番ハイエンドのところに引き寄せられていきます。

 反対に、時給千円前後で働く人たちは、どんな頑張っても年収200万円を超えることは難しいでしょう。この数字の意味は、失業保険をもらっている人にも言えます。つまり、失業保険で200万円以上を受取る人はいないのです。生活保護も200万円以上を受取ることは不可能です。ここに200万円という数字が示すボーダーがあります。
 2006年の雇用者全体は、5115万人のうち約33%が非正規雇用者(パート、アルバイト、派遣、契約社員等)で、年収200万円以下の「ワーキング・プア」が75%を占めます。また、自営業者の200万円以下の443万人と正規雇用者で200万円以下の447万人を加えると、労働人口6384万人の34%が200万円以下の収入で働く人になります。

グローバル化とIT化が及ぼす労働市場への影響

 これは事実です。どうして、このように増えているのか。余人をもって代え難い仕事は、世界市場に引っ張られていきますし、誰がやっても同じ、という仕事は一番、ローエンドの世界に引っ張られます。つまり、その仕事は時給1時間でも途上国では可能ですよ、ということになるのです。この傾向はさらに強まります。
 これにIT化が絡みます。バーコードの読み取りなどの仕事は、コンビニエンスのレジで見かけますが、あれは訓練もなしにマニュアルも読まなくても出来る現場になりつつあります。流通にかかる情報管理費用はゼロに向かっているのです。それは、労働を平準化する点において、有効な技術があるからです。今、次世代バーコードの研究が進んでいます。ICチップが全ての製品に埋めこまれていこうとしています。これでレジの仕事も消えるのです。



8.虚偽意識が蔓延する日本社会

引き裂かれる雇用環境

 経済のグローバル化とIT化の進む現在、こうした状況に日本の雇用状態が引き裂かれていっています。「失われた10年」での社会構造の変化は、進行した分配の格差拡大と新しい格差が顕在化してきています。
 一つは、資産家の没落(土地と株の低落)です。改革開放政策にバブル崩壊もありました。この点で資産家を引きずり下ろした、ということもできますが、その一方に低所得層の急増(フリーター、ニート、失業者など年収200万円以下の所得者の急増)を背景にした中間所得者の虚偽意識(「俺はまだ恵まれている」という相対的階層意識の浮上感覚)の深化がこの国を覆っているように思えます。

 新しい時代の分配論が必要です。世の中の構造が変わってホリエモンに象徴される虚構ビジネスモデルの目くらましにあって、正当に努力が報われる分配の基軸をどうするのか、その思想が見失われています。不条理な形で最低限度を割り込む生活環境を放置するわけにはいきません。

怒らない日本のサラリーマンの不思議

 さらにここにきて年金の問題が発生しています。他人のお金のことならいざ知らず、自分の得るべきお金が1万円でも少ないと、怒りだすわけです。しかし、このような卑しい怒りではなく、世の中のあり方に怒らない日本社会に対して、OECDの委員をやっていてさんざん聞かれるのが、どうして日本のサラリーマンは怒らないのだ! ということです。彼らの国では暴動が起きても不思議でない状況下にあるというのです。

 15年間も株が4割も5割も落ち続けている状態、失業者が150万人から300万人に張り付いている状態を笑って眺めている日本の労働者を理解できないのです。その答えは、虚偽意識です。これは日本全体の保守化の空気にも影響を与えています。時代に鋭く立ち向かわないのも虚偽意識のなせる業ということができます。





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