更新日:2007年9月14日(金)
ブラキストン線
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参院選挙の結果は、まだ今日の時点では予測できない。しかし、日本は民主体制。独裁体制とちがって政権の行方がどうなろうと、われわれの多様な生活はあまり影響ない。そこがありがたい。 ここのところ、さまざまな文学賞が決まって女流作家の誕生が、あまりに圧倒的なのに改めて衝撃を受けた。そのことを話題にしてみたい。 まず、山本周五郎賞の恩田陸さん、「自分の家には、永井荷風、谷崎潤一郎、寺田寅彦、山本周五郎の四つの全集があった」という、いかにも医者の中流家庭の雰囲気を想像させる逸話である。1964年生まれ、関東各地を転々とした転校生気質。 次は、川端康成文学賞の小池昌代さん。1959年、東京生まれ。7歳のとき、詩に出会い、以後、大学では国際関係学を学び、卒業して法律の出版社に入り、裁判所に通い、判例や六法全書を読みつづけるという。“文学回避”の生活をつづけながら、詩を書きつづけ、第3詩集を出したとき、詩に絶望して小説らしきものを書き始めたという。 最後に直木賞の松井今朝子さん。京都の祇園町の料亭に生まれ、松竹の歌舞伎座にながく勤めた実力派、受賞作『吉原手引草』は、選考委員会全会一致の推薦であったという。 いずれも、ながい文学歴と社会経験で今後に不安を感じさせない実力派である。 これに対して、男性作家で大物といえば、芥川賞から大仏賞まで、多くの賞を総ナメにしている辻原登氏くらいのものだろう。プロ野球でいえば、イチローを連想させる技巧派であり、対象世界への有効な方法をギリギリまで模索した効果をあげる達人に見える。 戦後の社会 戦前の家父長型社会での男たちは、上げ膳据え膳で過ごせられ、責任は重かったが、権威、権力をもっていた。部屋住みの次男以下は、哀れであったが、分家や婿入りで自分の居場所を見つけたし、書生や番頭という制度はなかなか味があった。出来の悪い息子たちは廃嫡され、番頭が婿に入って後を継いだ。村の児童の優秀生は、村を挙げての奨学生となり、師範学校や陸士・海兵は月謝は不要だった。戦前の社会は過大な軍備にあえぎながら、それなりに工夫されていた。 戦後の社会は平等社会、競争自体が罪悪視され、結婚は両性の合意によってのみ成立するとされ、老人の後ろ盾を失った核家族となった。共働きが普通となり、父親はベビーシッターの役も分担という仕儀となった。男たちは無惨なほどに権威を失い、不安で不安定な立場を強いられている。 * 最近、役所と企業の中堅幹部の生活ぶりを身近に見た。ひとりは、昼は愛妻弁当であり、ひとりは、部下と一緒にそば屋にいっても、ご馳走をしない。おそらくバブル崩壊後のサラリーマン社会は、そうした余裕を中間管理職から奪ったのだろう。 何気ない風景だが、これでは壮年期の男たちのヴァイタリティは生まれてこないはずだと思った。男らしさの回復には自他と周囲の工夫がいる。 |
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